運命の人 (3)




「・・・俺は投降など、せぬ。俺の邪魔をする奴は・・・誰であろうと斬るぞっ!!」

高順は宋憲と魏続に再び、斬りかかる。

もちろん、二人は高順の敵ではなかった。

彼の攻撃を受け止めきれず、宋憲と魏続は大怪我を追い、その場から逃げた。

二人の将が逃げたのを見た、敵兵は動揺していた。

高順は、そんな敵兵を一喝して、叩き伏せた。

その場の敵を一掃すると、呂布の後を追っていった。



その頃、曹操の陣営では。

「・・・高順・・・か。さすが、陥陣営の異名は伊達ではないな」

曹操はふと、誰に言うのではなく、つぶやいた。

高順の名は聞き及んでいる。そして、張遼という名も・・・。

曹操は呂布の武には惚れていた。しかし、獣だった。

あの呂布を飼い馴らすことは出来ない。

そうして見たいという想いはあっても、

心の中では、絶対に不可能という、思いがどこかにあった。

殺すには惜しい。

しかし・・・殺らなければならない。

この戦に勝つために。

勝利して、さらに上を目指すために――。

――投降の意思のない奴は斬れ――

曹操は全軍に、命令を下した。



「どうした?お前の力はそんなものか?」

呂布は夏侯惇、李典、楽進の三人を相手にしていても怯むことはなかった。

むしろ、三人の方が押されていた。

――戦える――

呂布は思った。

戦力の差が倍近くあった。

だが、いける。

この武さえ、あれば、恐れるものはない。

呂布の心は高ぶっていた。

無意識に笑みをこぼす。

楽しいと感じた。戦いこそ・・・・生きる道。

すべての者をこの武で蹴散らす。

乱世では力がすべて・・・。

自分を越えられる者などいない。

呂布は力の限り、戟を振るった。

自分の武を信じて――。

「うおぉぉぉぉぉーーー」

呂布は咆哮した。




しばらくして、呂布は三人を敗走させた。

「・・・殿、ご無事でしたか」

高順が追いついてきた。

「・・・遅かったな」

呂布は静かに高順に向かって言った。

顔や鎧に返り血を浴び、敵兵の屍の真ん中に立つ呂布を見た高順は、心が躍る。

綺麗だと思った。

「高順、張遼はどうした?」

「・・・城へ戻させました」

「そうか」

呂布は再び、赤兎馬に乗ると、少し、軽い笑みを浮かべた。

「目指すは曹操の首だ。突っ込むぞ、高順!」

高順はうなずくと、それを合図に二人は馬を疾走させた。

馬を疾走させながら、呂布は思い出していた。

いつも、隣には高順がいた。

そんな気がした。

何も言わず、ただ、側にいた。

そして、今も。

「高順、お前の強さ・・・見せてもらうぞ」

呂布は隣にいる高順にそう、つぶやいた。

高順はただ、笑みを浮かべていた。

ドドドドド

二頭の馬が疾走する。

曹操の本陣が見えてきた。

魏の旗。鮮やかになびいている。

――刻んでやる――

その旗と共に、曹操をもこの戟でぼろ雑巾のようにしてやる。

呂布はさらに気分が高まる。血が沸騰し、逆流する。

赤兎馬の速度がさらに増す。

その両目に映るのは曹操のみ。

曹操の首が近くなる。その顔が硬くなっているのが見える。

呂布と高順は武器を構えた。

「弓兵、構えよ」

曹操の声が聞こえた。その合図と共に、呂布と高順の頭上に矢の雨が降り注いだ。

二人はそれを払い除けながら、馬を走らせた。

それでも矢の雨は収まらず、強さを増していった。




「・・・高順どの・・・・」

その頃、張遼は城へ群がる敵兵を片っ端から、切り倒していた。

ふと、胸騒ぎを感じては、蒼い空を見上げていた。

空は地と違って、静かで、穏やかだった。

「高順・・・殿――」

張遼はふと、頬が熱いのを感じた。





「――っ!」

高順は肩に矢を受けた。

激痛が走る。それでも馬を走らせていた。

二人は傷だらけだった。

しかし、走ることはやめなかった。

高順の馬が呂布の前を走った。

とっくに馬はつぶれているはずだった。だが、馬はまだ走っている。

「おぉぉぉぉーーー!!!」

高順がほえる。馬の速度も上がる。一斉に彼に矢が降り注ぐ。

「高順っ!」

曹操の首が目の前に迫った。

手が届く。

高順が後ろを振り向いた。

「殿・・・・」

その顔には笑みがこぼれていた。

スッ――と高順は馬と共に崩れた。

目の前に、手が届く距離に曹操が立っていた。

呂布は戟を振りかざした。

――高順・・・よくやってくれた――

呂布はその手に力を込めた。

「曹操ぉぉぉーーーー!!!」

目の前の曹操は動かなかった。ただ、険しい顔で呂布を見据えていた。

その瞬間・・・。

呂布は馬から落ちていた。

呂布の前面には蒼い空が広がっていた。

「・・・静か・・・だな・・・・」

呂布はつぶやいた。






つづく