運命の人 (2)


   言葉が全てじゃない・・・

    少なくとも・・・俺は殿と共にいたいと・・・




月はまだ、煌々と輝いている、静かな夜だった。

高順は話終わると、酒を飲む。

「・・・こんなこというのも変だが・・・」

高順は頬を赤く染めて、言葉を続けた。

張遼はその話に酒を飲むのさえ忘れて、聞き入っていた。

「私にとって・・・殿は・・・運命の人だと思っている・・・・」

「運命・・・の・・・人?」

張遼は高順が何を言うおうとしていることが、感覚的には分かった。

しかし、実際に‘運命の人’がどんな感じなのかは分からなかった。

それでも、彼には一つだけわかったことがある。

そんなことを言っている高順の顔は幸せそうだということ。

見ていると、こっちまで嬉しくなるようだった。

その反面、少し羨ましいと思った。

「張遼、殿のこと・・・怖いと思うか?」

高順の曇りのないまっすぐな視線が張遼に注がれる。

その視線が痛くて、張遼は思わず、視線をそらしてしまった。

それに、突然な問いにどう、言ったらいいのか分からなかった。

「お前も、出会えばわかる。いつか・・・出会うといいな」

高順は軽く笑うと、張遼に酒を勧めた。

張遼は勧められた酒をあおると、自分の‘運命の人’は誰だろうか。と

ふと、思った。




それから、数日後。

曹操が劉備を伴って、下ヒ城に攻め寄せてきた。

「戦だ、陳宮。曹操と劉備がやってきたぞ」

呂布はズンズンと歩きながら、一緒に歩く、陳宮にそう、言った。

「殿、策にはお気をつけください。曹操には同じ手は通じませんぞ」

陳宮はなりよりも、曹操の奇策を心配していた。

以前、呂布の騎馬隊が曹操軍を圧倒的に叩き潰した。

その曹操が再び、攻め寄せたとなれば、勝算があってのこと。

それに相手は曹操だった。ひと癖もふた癖もある男なのだ。

「ふんっ、そんなもの、俺の武で蹴散らしてやる」

陳宮はその言葉に歩みを止めた。

呂布はそれに気付かず、そのまま外へと向かっていった。

「陳宮殿」

彼の背後から、高順が声をかけた。

二人はあまり仲がよくはない。

だが、殿を思う心は同じだった。

「高順殿・・・」

高順は陳宮は初めて見たとき、自分と同じだと思った。

それは陳宮も一緒だった。

呂布を互いに‘運命の人’と思う二人に言葉は要らなかった。

「城は・・・お任せします」

高順は一言だけいって、その場を立ち去っていった。

それでも。陳宮の中にある不安は拭いきれなかった。




呂布は向かってくる敵をその武でなぎ倒していく。

背後では高順と張遼が同じように敵を倒している。

狙うのは、敵総大将、曹操の首だけだった。

他には興味ない。

呂布は野獣の目を曹操のいる敵本陣の方角に見据えた。

呂布はさらに勢いをつけた。

みるみる内に高順と張遼との差があく。

「その首、貰い受けるっ!!」

呂布の横から夏侯惇が飛び出してきた。

呂布はその夏侯惇の剣を戟で受け止めた。が、

互いの馬は勢いがつき、そのまま、数メートルすれ違った。

「・・・俺の邪魔をする奴は命がないと思え・・・」

呂布は戟を再び構えると、夏侯惇と向き合う。

その夏侯惇も同じように向き合う。それと共に、李典・楽進の二人が躍り出る。

三人とも武器を構える。

3対1

しかし、呂布は赤兎馬を駆って、三人に向かう。

呂布は夏侯惇を一撃で吹き飛ばし、李典・楽進の二人の攻撃さえも受け飛ばした。

「そんな腕で俺に勝つつもりかっ!!」

呂布は三人に向かって、再び、戟を構えた。

その瞳の奥がジリジリと光り輝いていた。



呂布の数メートル後方で高順と張遼は敵軍に囲まれていた。

互いの背を守りながら、二人は戦っていたが。

「高順・・・どの」

不意に高順は名を呼ばれ、その方向へと顔を向ける。

張遼も知らず知らず、その方へと目を動かした。

そこには二人の将らしき男が二人立っていた。

宋憲と魏続だった。

「お前たち・・・曹操に投降したのか・・・?」

二人は何も語らず、ただうなずく。

高順の表情が少し曇った。

高順は呂布の片腕として活躍していた。

それもあり、高順は常に数人の将を預かっていた。

張遼を筆頭に宋憲、魏続、臧覇などがいた。

つい、数時間まえまで、ともにいた二人が敵になっていた。

乱世ではよくあることだろうが、少し複雑な気持ちだった。

「高順殿、張遼殿、投降してください。私たちは貴方たちを殺したくはありません」

「・・・まるで、俺たちが負けるような言い方だな」

高順は苦笑しながら、そう、言った。

「・・・戦力を見てもお分かりのはずです。それに呂布殿についていけないものも多い」

高順はさらに顔色を曇らせた。

兵士の中には、いや、将の中にも呂布と気が合わないものが多かった。

呂布という、人間の性格がそうさせていた。

呂布は確かに強い。その強さには自身を持っている。

それは異常なほど。だから、人の忠告はあまり聞かない。

あの陳宮の忠告さえもモノともしなかったのだから。

それに、呂布は群れるのは好きでもないし、表現を伝えるのも下手。

そんな気はなくても人との間に溝を作ったりする。

高順はそんな呂布を陳宮とともに見守っていた。

たくさんの兵や将がいても、呂布の表面しか分からないものが多かった。

それは仕方のないことだが、一人裏切り者や脱走者が出ると、収集がつかなくなる。

「・・・・張遼、城へ戻れ」

高順は武器を構えると、張遼にそう、告げた。

張遼は驚きを隠せなかった。周りは敵に囲まれている。

「しかし、高順殿は・・・・」

張遼は高順の言葉の意味よりも彼の安否を気遣う。

「・・・俺は殿と共に行く。お前は城に戻って・・・・」

高順は静かに笑みをこぼしていた。

その双眸はまっすぐ張遼に向けられる・・・澄んだ曇りのない瞳だった。

張遼はとても印象的だった。

張遼の胸の奥が熱くなった。

張遼はこみ上げる想いをこらえながら、同じように笑みをこぼした。

「・・・・わかり申した・・・・」

その張遼の返事を合図に高順は武器を構えると、敵兵と宋憲と魏続に向かって

斬りつけた。

二人は勢いに押され、その場によろけ、囲んでいた敵兵の一部に隙間があいた。

「行け、張遼っ!!」

張遼は馬を走らせた。

「高順・・・殿・・・・・」

唇を噛んだ張遼はいつまでも流れては止まらない涙をそのままに、ただひたすら走った。



つづく