運命の人 (1)





「高順殿・・・一つ聞いてもよろしいですか?」

張遼と高順は仲がよかった。ともに戦場で戦う武将だということもある。

どちらかというと、張遼が高順を尊敬しているようだったが。

二人は暇さえあれば、酒を交わしている。


今宵も、満月を背に高順の館で飲み交わしていた。

「何だ、張遼・・・?」

いつもよりも真剣な面の張遼に高順の顔も、酒を飲んでいるというのに、引き締まった。

「呂布殿とは・・・いつ、知り合ったのですか?」

高順は必ず敵陣を陥落させると言われている。

そのため、陥陣営(かんじんえい)という名がつき、恐れられていた。

高順は武将としては申し分ない能力を持っていた。

呂布の片腕と言われていた。もう片方は知の豊富な陳宮である。

高順と陳宮はあまり仲がよくない。

武官と文官では気が合わないのは当然だった。

しかし、互いにその才は信用していた。

当然ながら、あまり気にはしてなかった。彼は呂布に必要な人だと思っていたから。

呂布に天下を見せるためなら・・・どんなことでも耐えられる。

高順はそう思っていた。

高順が呂布に降った時、すでに隣には陳宮がいた。

彼もまた、呂布に対して、思い入れがある。

会ってすぐに感づいてしまった。

自分と同じなのだと・・・・――

高順は杯に残る酒を一気にあおると、張遼を見つめた。

「あまり楽しい話ではないぞ。殿と出会ったのは戦場なのだからな・・・」

張遼も、ふと・・・自分も戦場で呂布に出合ったことを思い出す。

そして、高順とも・・・・。

張遼は始め、丁原に仕えていたが、彼が死ぬとその武を見込まれて董卓に仕えた。

その時期、呂布の噂を聞いてはいたが、実際にあったことはなかった。

偶然、戦場で一緒に戦うときがあった。

その時、純粋にその強さに憧れた。

その直後、呂布に仕えるようになった。

高順との出会いは覚えていた。

『お前か、新しく董卓さまに仕えたというのは・・・・』

若いながら、やるそうだな――。

高順は言葉を続けた。

『張遼と申します。お噂はかねがね、聞き及んでおります』

緊張した張遼に高順は柔和な笑みを浮かべ、

『殿に会ってみるか?殿がいたく気に入っておられるようなのだ』

『・・・呂布どのが・・・それがしを・・・ですか?』

張遼は胸が躍った。憧れの呂布に仕えることが出来ること。

その喜びだけが身体を支配していた。



「そういえば、張遼。お前と出会ったのも、戦場だったな」

高順は思い出すように、月が浮かぶ空を見つめた。

「・・・高順殿には・・・本当に感謝しています」

張遼の杯を持つ手が止まる。

じっと見つめられて、高順は少し、照れた。

それを紛らわすように、酒瓶に手を伸ばすと、張遼の杯に並々と注ぐ。

「丁度、お前が加わる数年前だったな。殿の配下になったのは・・・」

高順は自ら杯に酒をを注ぐと、一気にあおった。



数年前――

高順は仕えていた主を斬った・・・気が合わなかった。

しかし、斬るつもりもなかった。

結果的に斬ってしまった。それだけだった。

その主に恨みを抱くものは少なくなかった。

ただ、普段から、妬まれていた高順を陥れようとしていた輩に利用された。

それをきっかけに高順はその地から逃げた。

数年間、各地を放浪とし、戦を転々とした高順だったが、

なかなか、いい主君にめぐり合えずにいた。

そんな折、戦いの最中に輝く存在を見つけた。

赤い駿馬に乗った武将。

まさに、鬼神だった。

圧倒的な強さで戦中に羽ばたく、その雄姿に高順は目を奪われた。

それが呂布だと直感した時、彼は全身の身が震えた。

人々が畏怖する存在である呂布――。

高順には眩しく感じられた――。

――間近で見てみたい――

そんな想いが彼を揺り動かした。

気がつくと、馬を蹴っていた。

ガギィッ

呂布の武器と高順の武器が火花を散らして、ぶつかり合う。

その衝撃に高順の手はしびれた。

「・・・俺の一撃を受け止めるとは・・・な」

呂布は微かに笑みを浮かべた。

「お前・・・名は?」

余裕の笑みをこぼしながら、呂布は高順に静かに問う。

「・・・高順・・・」

彼は小さくつぶやくように、答えた。

「・・・高順か。惜しいな、お前との勝負預けてやる」

呂布は愉しそうに、そう言うとその場から去っていった。

その後姿を高順は見送っていた。

高順の胸の奥は何故か熱くなっていた。



それから三日後。

高順は夜中に陣中を抜け出した。

腰には一振りの剣のみ。

ただ、まっすぐ敵陣営に向かって・・・。

呂布に会いたかった。

もう一度、あの男にあって、確かめたかった。

それだけだった。

「誰だっ!」

忍び込んだのはいいが、呂布の姿は本営にはいなかった。

不意に背後から、声が響く。

振り向くと、槍を突きつけられた。

呂布だった。

「・・・お前は・・・高順とか・・・いったな?」

呂布は高順の顔を見るなり、そう言う。

「名を覚えていてくれて光栄です。呂布殿」

高順は笑みを浮かべると、スッと片膝をついた。

「何のまねだ?」

呂布は槍を下ろすと、その様子を見ていた。

しかし、彼独特の殺気と威圧感はその場に滞留していた。

「・・・・それがしを・・・呂布殿の配下にして頂きたいと存じます・・・」

高順は湧き上がる、高調感を感じながら、その返事を待っていた。

「・・・お前を・・・?」

呂布はしばらく、考え込んでいたが、クスッと笑みを浮かべると、

「俺の配下になるのなら、勇猛でなければならんぞ・・・・」

その顔は嬉しそうだった。

その日から、高順は呂布直属の部下になった。

それが、呂布と高順の出会いだった・・・。








つづく