【義】の心
「数がすべてだと思うから先がない」
直江兼続はそういった。
そして、真田幸村の言った【義】のために、戦うことを誓った。
直江兼続と真田幸村・・・そして、石田三成の三人で。
――一人が皆のために、皆が一人のために戦う――
その一代決戦が関ヶ原で火花を切った。
だが、徳川家康は大きかった。
石田三成の策はことごとく敗れ、西軍は敗走。
仲間は散り散りになっていった。
「殿、ここはひとまず、逃げましょう。俺が殿をお守りします」
島左近は馬を疾走させながら、隣を同じく走る石田三成に告げた。
「しかしっ・・・まだ、同志がっ!」
背後からは喚声の声が響く。
徳川家康の東軍が二人の背後を執拗に追撃していく。
「ここで殿が命を落とせば、兼続殿や幸村殿が悲しみます。
殿は生きて、生きづつけなければなりませんっ!」
三成の馬の手綱を左近は右手でしっかりと握り締めながら、
気弱になる三成を左近は励ました。
三成はチラリと後ろを振り返ると唇をかみ締めた。
「・・・すまない、左近。俺はまだ死ねないようだな・・・」
遠くで同志や仲間の喚声が聞こえてくるような気がした。
どのくらい経ったのだろう。
三成は馬の背で気がついた時には敵軍も味方の軍も見当たらなかった。
周りには細々と木々が茂り、湖が夜空に光る月を映していた。
「左近、ここは?」
湖の側に左近は座っていた。
「殿、起きられましたか。ここまでくれば、一安心でしょうが、
しばらく休んだら兼続殿の所へ向かいます」
「兼続のところ・・・」
左近は竹の筒に水を入れると、そのひとつを三成に渡した。
「・・・敗走した上、このまま兼続のところへは戻れない。会わせる顔がない」
「殿」
左近は無理やりに竹の筒を手渡すと、軽く笑みを浮かべた。
「そうでしょうが、他に行くところがないでしょう。それに・・・」
――あなたに何かあったりしたら、兼続殿に殺されますから――
左近は冗談を交えながら、三成にいった。
「すまない、左近。お前には迷惑をかけて・・・」
「気にしないでくださいなって。さぁ、少し休みましょうか、殿」
湖の側の大木の下で、軽く休息をとった二人だったが、しばらくすると、三成は軽く寝息を立てた。
左近はその疲れきった三成の唇にそっと唇を重ねた。
彼がその口から兼続の名を吐くたびに痛む心を押し殺してきた左近であった。
此度の戦も兼続が左近の腕を見込んでの配置だったが、
三成の気持ちが自分にないことを知りつつも、その任を買って出た。
――殿、俺はあなたを彼の元へ届けます。この命をかけて・・・――
左近はそう心に誓った。
それから数日、二人は敵の追撃にも会わず、運良く兼続のいる軍に合流した。
三成はその疲労からか、微熱を出し、数日が経っていた。
「どうだ、三成の容態は?」
兼続は三成の寝ている陣営に入ると看病している左近に声をかけた。
「熱は下がったようですね。後は安静にしていれば、よくなると思いますよ」
兼続は安堵して、左近を外に誘った。
「ありがとう、三成を無事に脱出してくれて・・・」
面と向かって兼続がお礼をいったのは初めてで、左近は少し驚いた。
「おどろいたな、兼続殿がお礼をいうなんて」
そんなに殿が大事ですか――
そんな言葉を左近は飲み込んだ。
自分に言い聞かせている言葉みたいだから。
「三成の様子は私が見よう、左近殿は休息をとられてはいかがか?」
左近はこの陣中にきてから、あまり休息をとっていなかった。
それは兼続もおなじだったが、彼の気持ちが伝わってくるようで、左近は素直に従った。
兼続はだいぶ落ち着いた、三成の顔を見つめた。
「よく、帰ってきてくれた、三成・・・」
二人しかいない陣営で兼続は誰一人としれず、涙を落とした。
島左近は木の根元に腰かけ、汲んだ水で喉を潤した。
ひんやりとする水が喉を刺激した。
「殿・・・」
星がキラキラと空を漂っていた。
「まったく、難儀だね。」
背後からそんな声がきこえた。
そこには前田慶次が立っていた。
「みんな、あのやっこさんを守ろうと必死だね。幸村もあんたも・・・」
「・・・俺は殿を守ると誓った。彼のために、と決めた・・・」
左近はそう自分にいい聞かせるようにいった。
「まぁ、せいぜい身体に障らないようにな」
慶次はそれだけいうと、何処かへ去っていった。
――たとえ、殿が他の誰かを想っていても・・・俺は――
空が少しづつ明るくなる。
兼続はその白みの増す地平の空を見つめていた。
「兼続・・・」
背後から見知った声がひびく。
「三成、もう平気なのか」
あぁ。と三成は答えて、兼続は側へと歩み寄った。
「無事でよかった・・・」
兼続はそっと、三成を抱きしめた。
「俺は・・・多くの兵や同志を見捨ててしまった・・・」
三成はシュンと顔をうつむかせた。
「それでも・・・お前がいる・・・まだ戦える・・・」
兼続はそういってギュッと強く抱きしめた。
「兼続・・・ありがとう――」
三成は顔を上げて、お礼をいった。
兼続は無意識に唇を重ねた。
――【義】は【義】の心を持つものがあれば不滅だ。俺はそう思う――
三成は再び決起して、徳川家康と戦った。
その前夜にそう、こぼしていた。
おわり
何だか、甘いというか、普通の話になってしまった。
直江も好きだけど、左近も大好きなんです。
あの主従関係?がツボですがな。
左近が二人を呼ぶときどうするのかなぁと悩んだ末、こうなりました。
幸村を出したかったのですが、無理でした(汗;)