父から譲り受けるもの 終




初めて、父と二人っきりで飲むお酒はおいしかった。

曹丕は杯を傾けながら、何も会話のない空間で酒をひたすら飲む。

それは目の前にいる曹操も同じことだった。

語ることがたくさんあるはずなのに、その最初の一声が出来ずにいる二人。

ただ、飲む音だけがむなしく部屋中を通る。

カタン

と、曹丕はカラになった杯を置いた。

「父よ。私がここにきた理由をご存知か・・・」

曹丕は静かに、はっきりといった。

「・・・お前を抱いたことであろう・・・な」

曹操も曹丕の言葉に流されるように、口を開いた。

手に持った杯を同じように台に置く。

曹丕の脳裏にあの時のことが鮮明によみがえる。

父の手。

父の唇。

父の鍛え抜かれた肉体。

父と思ったそれらが、別の人間のものだと感じた。

でも、怖いとは思わなかった。

むしろ、疑問だった。


――どうして、私なのだ――


体の痛みを奥底に感じつつも、その疑問だけが曹丕を支配していた。

「父よ、貴方には私を抱く意味もないくらいに側室や妾に囲まれていよう。

それなのに、私を抱いた理由はどこにある?」

まっすぐに曹丕が曹操をみつめてくる。

その瞳に吸い込まれるように。

「・・・わからん」

曹操はふと、答えた。本当に彼自身も分からないのだ。

「ただ、わしは子桓。お前が愛しいのだ」

それが果たして、親としての感情なのか、どうかはわからないが、

その気持ちには偽りはなかった。

「・・・っ・・・」

予想もしなかった言葉に曹丕の息がつまる。

次の言葉が出なかった。

ポタ――

「し・・・子桓?」

曹丕の瞳からしずくがたれた。

意外な息子をみた曹操もどうしたらいいのかわからず、言葉を失った。

曹丕はそのしずくが涙だと分かると、指でぬぐった。

涙を流すなど久しいこと。

「泣いている・・・のか・・・私は――」

自分自身に問い詰める。

一体、どうしてなのか。

そんな曹丕に曹操は立ち上がり、静かに曹丕を抱きしめた。

「父よ・・・何を・・・」

心の準備もなく、急な出来事に曹丕は驚いた。

「子桓・・・お前が愛しい・・・」

曹操は体を放し、曹丕の瞳からこぼれるしずくを唇でぬぐう。

くすぐったい刺激と柔らかく暖かい感触が曹丕の心をかけた。

「父よ。私は・・・」

不思議でならなかった。

どうして、父を拒まなかったのか。

そう、拒否できなかったのではなく。

そうしたかったからだ。

曹丕はそのまま、曹操である父の唇に自分のそれと重ね合わせた。

経緯はどうあれ、この瞬間、二人の心が重なった。

唇を重ねながら、二人はいつしか、寝台の上へと転がった。


「子桓・・・わしの覇道を越えよ・・・」

曹操は息子である曹丕を激しく攻め立てた。

それに答えるように、曹丕もまた、曹操をその身体全体で受け止めていた。

汗が飛び散り、二人の荒い息づかいと甘い吐息が部屋を包んでいた。








数年後、曹操は亡くなり、曹丕が跡を継いだ。

父が築いていた基礎をそのままに、曹丕はよりよい改革を進めた。

――父よ、見ておられるか。あなたが築いたものを私は越える。

あなたを越え、あなたの想いをこの手につかむために――

曹丕は城壁に立ち、青い空をみつめた。

広く澄み渡る草原には魏の精鋭たちが訓練をしている。

「曹丕様。」

背後から司馬懿が歩み寄ってくる。

今では曹丕の裏の参謀のような男だ。

曹操と曹丕である二人の関係を知っているにも関らず、黙視を続けていた。

「先日、おもしろいうわさを耳にいたしましたが。」

「面白い噂?」

司馬懿は曹丕の耳元でひそひそと口にした。


――曹丕様は以前よりも人柄が変わった気がする――


曹丕はそれを聞いて、笑みをこぼした。

「ふ、知れたことを・・・。まぁ、それもよかろう・・・」


――子桓・・・わしの覇道を越えよ・・・

越えたその先にお前の覇道が見えるはずだ――


曹丕と司馬懿はしばらく城壁にたち、辺りの様子を見つめていた。





おわり



はぅ・・・また曹操の死にネタが。
タイトルをつけてしまった時点で、ヤバイと思ってましたが、
本当に最後に悩んで、こうなりました。
結局甘かったですね。この二人(汗)
でも意外にいけそうな気がしてきました。
司馬懿が一体何者なのか、気にはなりましたが、
まぁ、それはそれは後のことなのでふれません。
曹操の息子って大変だよなって思って、特に曹丕なんて
父が凄すぎたから、古参のやからには
比べられたんじゃないかと、父を越えたときが本当の始まりかなぁと思い。
こんな最後を書いてしまいました。
反省。