贈り物   











「何がいいのかな?」

曹丕はお忍びで市場にいた。

今日は司馬懿の誕生日なのだ。

別に今までと同じにあげなくてもいいのだが、いつも何かと世話になっている。

ふと、感謝の気持ちをプレゼントという形であげたい。

曹丕はそう思った。

出店で商品を端から覗くが、曹丕は不意に頭を抱え込む。

司馬懿とは長く一緒にいるが、何をあげれば喜ぶのか、分からない。

これが女どもなら、装飾品やら絹やらで多少は誤魔化せるのだが。

しかし、司馬懿となれば、勝手が違う。

「おや、お兄さん。恋人へのプレゼントかい?」

店の主人が曹丕を見て言った。

威勢のいい印象を受けたが、どうやら正体はバレてないようだ。

恋人と聞かれて、思わず言葉を濁す。

曹丕は苦笑いを浮かべながら、店の主人に聞く。

「何かお勧めはないか?」

「お勧めねぇ〜これなんかどうだ?」

そういって、指差した先には・・・。

二匹の龍が絡み合って出来た腕輪――ブレスレットであった。

金色で統一された龍の目には紅い石。確かに綺麗だったが・・・。

――似合いそうだな――

曹丕はそう、思った。しかし、司馬懿はあまり装飾品は好きではない。

張コウ将軍辺りは喜びそうだと思うが・・・。

「派手じゃないんだな」

「ん〜お兄さんにも合うんじゃないか?安くしておくよ」

店の主人はニコニコしながら、勧めてくる。

結局、主人の押しに勝てず、購入してしまった曹丕であった。



「さて、仲達は喜んでくれるだろうか?」

戻ってきた曹丕は一直線に司馬懿の部屋へと進む。

お忍びで市場に出たことなどすっかり忘れていた。

コンコン

戸を叩く。誰もでない。返事もない。

コンコン

「仲達、入るぞ」

曹丕は一言いって、戸をあけた。

部屋の中央にある椅子に後ろを向いて座っている司馬懿がいた。

戸の音が聞こえたのか、司馬懿はクルリと首を動かした。

「ちゅ・・・仲達!?」

目の据わった司馬懿が曹丕を睨んでいる。

怒っている――間違いなく、怒っている。

その顔を見た瞬間、曹丕はお忍びで、

しかも司馬懿に内緒で外に出かけたことを思い出した。

「子桓さま・・・今日はどちらへ?」

ひどく静かにゆっくりと口を開く司馬懿。

曹丕はその恐ろしさにカラ笑いをするだけだった。

「今日は大事な話があると、殿が言っていたはずです。

それを忘れて、どちらへ行かれたのですか?」

司馬懿に言われて、曹丕は昨夜、曹操からそう言われたのを思い出した。

一瞬、沈黙が流れた。

「・・・で、どうなったのだ?」

「子桓様がいらっしゃらないので、殿が怒って部屋にお戻りになられました」

司馬懿はなお、不機嫌そうに言った。

が、そこまで言うと思い出したように付け加えた。

「殿が部屋にくるように、と・・・」

「仲達、後でまた来る。弁解はその時だ」

曹丕はフッと笑うと部屋を飛び出した。



「父上、司馬懿を苛めるのはお止めください」

曹丕は入るなり、父である曹操に言った。

「何だ、もうバレたのか。お前たちがあまりにも仲がいいのでな。困らせたくなった」

曹操は、はは、と笑った。

実は、大事な話があるというのは曹操の作り話で、

司馬懿の反応と息子の反応が見たかっただけだという。

もっとも、曹丕が外に出ずに、その場にいたら、曹操のことだ。

もっと、話を広げていただろう。

「しかし、あの司馬懿の反応は可笑しかったぞ。ずっとピリピリしてたのだからな」

曹操は思い出したように、また笑いだした。

「おかげで、仲達に殺されそうでした・・・」

曹丕は少々、曹操の悪戯に呆れ果てながらも、そのまま部屋を出た。


「仲達、起きてるか?」

再び、曹丕は司馬懿の部屋に戻ってきた。

「開いてます」

今度は素直に返事が返ってきた。

中に入ると司馬懿が今度は前を向いて座っていた。

「殿は・・・何と?」

心配してくれたのか、先ほどの怒りが薄れている。

曹丕は寝台の方に腰掛けると、笑みをこぼした。

「心配するな、あの話は嘘だ」

「え?」

司馬懿がキョトンとしている。

「父上の悪ふざけだ。お前の反応が可笑しかったそうだ」

その言葉に司馬懿は羞恥よりも怒りよりも身体から力が抜けた。

その身体を司馬懿は支え、そのまま寝台へと座らせた。

「仲達・・・誕生日おめでとう・・・」

曹丕は懐から市場で買ったプレゼントの包みを差し出した。

さらりと言ったつもりだったが、やはり照れくさかった。

「子桓さま・・・?」

司馬懿は何が何だか分からない顔をしている。

「プレゼントだ。お前にはいつも世話になってるからな」

曹丕は視線を合わせないようにソッポを向きながら、話した。

司馬懿はその包みを静かに開けた。

「これは・・・・」

「お前はこういうものが好きではないと言ったが、私は似合うと思った」

金色で統一された二匹の龍が絡み合って出来たブレスレット。

司馬懿の手首に程よくサイズが合い、曹丕が思っていたとおり、似合っていた。

「し、子桓さま、、、」

司馬懿はプレゼントも嬉しかったが、

何よりも曹丕が誕生日を覚えていたくれたことが嬉しかった。

思わず、司馬懿は曹丕に抱きついた。

曹丕は驚く。当然ながら、司馬懿から抱きつくという行為は滅多にない。

「ありが、、とう、、、ございます。子桓さま、、、」

泣いている。曹丕は思った。

司馬懿の震える身体を引き寄せ、そっと静かに抱きしめた。

「仲達、これからもずっと側にいてくれ」

曹丕はつぶやいた。そして、唇が重なった。

司馬懿からの返事。

唇を重ねることでの彼なりの精一杯の返事だった。

――子桓さま・・・私めも・・・愛しております――

窓から見える月光が二人をやさしく包み込んでいた。



その頃、曹操と夏侯惇は酒を交わしていた。

「それにしても、孟徳は人が悪い」

二人とも顔が赤い。

「そうか?あの二人には少々目に余る光景があった・・・」

「妬いているのか、孟徳?」

酒を口に運ぼうとした曹操は、その夏侯惇の言葉に手が止まった。

「ばっ、、、馬鹿を言うな。妬いてなど、、、」

酒で赤くなった顔がさらに赤くなった。

「他は他だ。お前には俺がいる、、、だろ?」

夏侯惇は真顔でそう、いった。

曹操はその顔にドキッとした。

「何を当たり前のことをいっておる。当然であろう?」

二人はさらに杯を重ねた。



おわり