幸せ者







「子桓様、どうしましたか?」

曹丕は司馬懿の隣で横たわっていた。

とても幸せそうな顔である。

「いや、ふと仲達と出会ったときのことを思い出した」

曹丕がそう、言ったので司馬懿は記憶を辿るように思い出してみた。


司馬懿が曹操に仕官したのは曹操が袁紹を破った官渡の戦いの後だった。

兄の司馬朗の下で働いていたのを曹操に側近として召しだされた。

しかし、無理やり仕官させられたのもかかわらず、

曹操の息子、曹丕に仕えよと半ば、強制的に移動させられた。

「お前が司馬懿か?」

曹丕が初めて声をかけた言葉だった。

「司馬懿・・・仲達と申します」

「仲達か。いい字だな」

曹丕は子供のように笑みを浮かべた。

その顔に司馬懿の目は離れずにいた。


そして、司馬懿が曹丕に仕えて数ヶ月経った頃。

司馬懿は急な用事で曹丕の部屋に向かった。

夜はもう深い。

失礼かと思ったが、司馬懿は部屋の戸を叩く。

コン コン

返事はない。ただ、中から物音がする。

起きてはいる。司馬懿はそう思った。

「曹丕様、失礼します」

確認もせずに司馬懿は中へ入っていった。

「仲達!?」

曹丕は人の気配で寝台の上から、驚いた表情で起き上がった。

全裸である。その直後、隣にいた女もビックリして振り向いた。

司馬懿の知らない女だった。

「も、申し訳ございません」

司馬懿はそのまま、立ち去ろうかと思ったが・・・。

「気にするな、仲達。用があるのだろう?」

曹丕は女に何かを言い終えると、司馬懿の方に顔を向ける。

女が着替えを持って、奥へと消えた。

その女の行動を司馬懿は漏らさず、辿っていた。

「気になるのか?」

曹丕は口元に笑みを浮かべると、冗談ぽく言う。

着替えを終えた女がイソイソと一礼をして部屋を去っていった。

普通の女だと思った。曹丕に抱かれた女。それだけだった。

「いえ・・・別に・・・」

司馬懿は動揺していた。

女よりも、全裸でいる目の前の曹丕の肢体に目を奪われていた。

司馬懿よりもたくましい身体。

何故か、魅せられていた。

「仲達、責任とってくれぬか?」

不意に曹丕が漏らした言葉。

「え?」

動揺していた分、反応が遅れた。

理解するまで少し時間がかかった。

「お前に邪魔されたのだからな・・・」

曹丕はそういった。顔には笑みを浮かべている。

「・・・わかりました・・・」

司馬懿は短く、そう言うと曹丕のそばに歩み寄った。

その司馬懿の行動に曹丕が今度は驚いている。

冗談のつもりだった。

曹丕は目の前の男が動揺していたのを微かに感じ取った。

何に動揺しているのか微妙なところだったが、

こんな司馬懿を滅多に見れるものではなかった。

曹丕はもっと見てみたいと思った。

悪戯心が沸々と芽生え、困らせてやろうと思っただけだった。

本当に冗談だった・・・のに――

「仲達・・・?」

司馬懿は曹丕の隣に腰を下ろす。

司馬懿の表情は元に戻っていたが、逆に曹丕が動揺してしまっていた。

「曹丕・・・さま」

おもむろに司馬懿は曹丕の中心に触れた。

曹丕の身体が強張る。

「ほ・・・本気か・・・仲達?」

司馬懿の手はゆっくりと動いた。

「や、、、やめ・・・っ!」

身体が過剰なまでに反応していた。

曹丕はいつしか、司馬懿に身体を委ねていた。




「あの時の子桓様は意地悪でしたね」

司馬懿は寄り添う曹丕の肩を軽く触れた。

「お前に一本取られてしまったな。冗談で言ったのに、いつしか本気になってしまった」

曹丕もその肩に触れた司馬懿の手に自分の手を重ねる。

曹丕はそれだけで安らぎを感じていた。

「子桓さま」

司馬懿が唇を重ねてきた。

心地よかった。

「仲達、今度こそ・・・一生責任取ってもらうぞ・・・」

曹丕は安らかな笑みを浮かべた。

普段からは見られない笑みだった。

司馬懿はその笑みを独り占めしている喜びをかみ締めながら、微笑んだ。

「子桓さま・・・」

司馬懿が再び、唇を重ねてきた。

今度は力強く、そして・・・やさしく触れた。



おわり