月の輝く夜









司馬懿は部屋の窓から、闇に浮かぶ月を見つめながら、うな垂れていた。

普段の彼からは想像がつかない、変わりようだった。

――殿・・・貴方が・・・欲しい――

司馬懿の胸の内はただ、それだけ・・・。

曹操のことを想うだけで胸が苦しくなる。

――私が・・・殿を・・・!?――

司馬懿は自嘲気味に笑った。

自分自身さえ、わからない。

何故、曹操なのか。それが憧れなのか、それとも恋愛なる対象なのか。

だた、内に秘めたる想いは・・・ただ・・・曹操が欲しかった――。

司馬懿には野望があった。

自分の才能には多少なりと自負していた。

その力ですべてを平伏せる。

そんな野望を持つ司馬懿は主を曹操に決めた。

初めて、曹操と会ったとき、体中に電撃が走ったかのような衝撃を受けた。

その瞬間、司馬懿は直感的に、この人だ――と思った。

しかし、曹操は司馬懿を危険視して、重用しなかった。


――殿は・・・私めのことを・・・どう思っているのか――

司馬懿は深いため息を吐くと、そんなことを考えている自分自身に苦笑し、部屋を出た。



外は深淵なる闇――その闇の中に浮かぶ月が眩しい。

時折、体をすり抜ける微風が心地よかった。

ふと、司馬懿は目線の先に、何かを捕らえた。

暗闇に浮かぶ影・・・・闇に上手く溶け込んではいるが、

闇に慣れ始めた司馬懿にはわかった。

司馬懿は静かに足音を立てずに、その影に近づいていった。


――殿・・・!?――


司馬懿は思わず、驚いた。そこにいたのは一人たたずむ曹操の姿があった。

曹操は背後に人の気配を感じると、武器を構えながら、少しだけ顔を後ろへ動かす。

「・・・司馬懿・・・か・・・」

曹操はつぶやくと、構えた剣を静かに鞘に戻した。

「護衛もつけず、こんな真夜中に何をなさっているのですか?」

司馬懿は曹操の返事を待たずに隣に立った。

曹操も何も言わず、闇の彼方を見つめていた。

「貴方の命を狙う輩は山ほどいます。次からは一人での外出はお控え下さい」

司馬懿は淡々と言った。

「ふっ、そのような輩、わしが斬り伏せてやる」

曹操は口元に怪しい笑みをこぼしながら、ようやく、司馬懿の方を振り向いた。

よく見ると、曹操の顔には血のような染みがあった。

司馬懿はハッとして曹操の足元に目を落とす。数人の死体が転がっていた。

暗くてわからなかったが、どうやら曹操を襲った間者のようだ。

「殿・・・お怪我は・・・?」

「・・・・お前はわしが怪我することを願っておろう?」

曹操は司馬懿に顔を近づける。そのたびに司馬懿の鼓動は速くなっていた。

「ご冗談を・・。どうして、一介の臣がそのようなことを願いましょう?」

司馬懿は苦笑いをこぼしながら、平静な顔でそう、言い返した。

曹操は司馬懿の胸に片手を添えると、さらに顔を近づけた。

その顔は少しづつ険しいものに変わる。

「とぼける必要はない。お前の心など・・・お見通しぞ・・・」


――わしが・・・欲しいのであろう・・・?――


曹操が司馬懿の耳元で静かにささやく。その言葉とその行為に司馬懿の身体は高ぶる。

そして、一瞬だけ顔色を変えてしまった。それを曹操は見過ごさなかった。

曹操は空いている手を司馬懿の顎に添えると、そのまま唇を重ねた。

司馬懿は困惑なまま、何が起きたのかわからなかった。


――殿・・・!?――


司馬懿は戸惑いながらも、その甘美なとろける感覚に心を捕らわれていた。

そして、舌にねっとりと絡みつく、曹操の愛撫を無意識に受けていた。

ただ、耳の奥で、淫らに舌と舌が絡み合う音だけが聞こえただけだった。


唇を重ね、舌を絡ませ、吐息が闇を包むこと数分・・・。

曹操はゆっくりと司馬懿の唇から自分の唇を引き離した。

「わしはお前の才能を・・・気に入っている。わしを斬り伏せたいのなら・・・いつでも来るがいい」

曹操は舌で唇をなめると、挑発的な笑みを浮かべて、その場を去っていった。


その場に取り残された司馬懿は未だ高ぶりを続けている身体に戸惑いを感じながらも

心の奥底ではその高ぶりによって、

震えがくるほどの快感に襲われている自分自身に笑みこぼした。

それでも・・・気持ちには整理がつくことはなかった。

司馬懿は闇夜に浮かぶ月を、一人見つめていた。


――殿・・・私めは・・・貴方が・・・欲しい――





おわり