覇――
「曹操・・・」
夕闇に染まる空を見上げ、袁紹は想いを馳せる友の名をつぶやいた。
中原を制した【曹操】と河北を制した【袁紹】。
ともに、宮廷において、顔なじみ。
悪友であった。互いの腹の底を探り合ったりもした。
花嫁さえも奪ったこともある。
同じ天下を夢見ていた二人。
宿敵とも呼べる存在だったのか。
それぞれの器量や力を認めていたから・・・。
その二人が《覇》を唱えるべく、衝突したのだった。
――数時間前――
戦場で二人は再会を果たした。
友としてではなく、敵同士として――
しかし、互いに動こうとはしなかった。
ただ、様子を伺い、対峙していただけだった。
「曹操・・・何故、私と手を組まぬ?」
袁紹は沈黙に耐えかねて、言えずにいた想いを口にした。
曹操は口元に軽く笑みを浮かべる。
「《覇》を唱えるもの・・・天下は二人はいらぬ・・・」
曹操は静かに答えた。自分にも言い聞かせるように・・・。
「――っ!!」
袁紹は息を呑む。そして、唇を噛む。
誰よりも・・・友として、彼のことは分かっていた。
そんな答えが返ってくるのも・・・分かりきったことなのに・・・。
聞かずにはいられない、この想い――。
曹操もきっと同じ気持ち。
殺すには・・・忍びない漢。
互いのかけがえのない側近の一人として・・・・側にいて欲しいとさえ・・・。
「袁紹、わしに降れ」
曹操は顔色を変えた袁紹に追い討ちをかけるように、言葉をはく。
無論、曹操にも袁紹の答えなど、とうに知っている。
それでも、口に出してしまうのは、互いに迷いがあるからなのか。
「曹操・・・お前こそ、負ける前に、私に降るがいい」
どちらも、譲り合わない。
それ以上に譲れない想いがある。
熱き情熱が・・・想いが・・・二人の胸の内をかける。
「フッ・・・これ以上の話は無意味だな」
曹操はつぶやくと、剣を構え、袁紹を見据えた。
――袁紹・・・もしも、わしが天下に《覇》を唱えたらどうする?――
まだ、二人が友として、草原を駆け回っていた時代・・・。
曹操はふと、口に出していった。
世は乱れ始めて・・・・いた。
安定のない世に、様々な想いを乗せて、群雄が天下を取ろうと動き始める。
袁紹は笑みを浮かべて、冗談交じりに答えた。
――その時はお前と私が手を組めばいい。二人なら・・・楽しくなるだろう?――
――ふっ、お前らしい答えだな・・・――
曹操も笑みをこぼす。
――ならば・・・私が天下に《覇》を唱えたら、どうするつもりだ。曹操?――
今度は逆に袁紹が曹操に同じ質問を問いかけた。
曹操も冗談交じりに、答えた。
――おぬしを倒して、わしが《覇》を唱える・・・というのはどうじゃ?――
――お前らしい。では、その時は互いに敵同士になるのだな。あまり気が進まぬが――
二人は冗談とも本気とも捉えられるような話をしていた。
「袁紹・・・・」
曹操は友と過ごした日々を思い出し、本営の中で静かに名をつぶやいた。
すでに、曹操の心には迷いはなかった。
いつかはこうなる、運命だった。
世が戦乱の時代に突入してから、天下に《覇》を唱えたときに。
二人ともに、《覇》を唱えるのであれば、その屍を超えるだけ。
二人は必要ない。
天下人は一人だけなのだ・・・・。
「殿、敵兵糧庫を発見いたしました」
曹操の元に吉報が届く。
曹操は静かに立ち上がると、全軍に命令を出した。
「全軍、敵兵糧庫を襲撃せよっ!!」
その双眸には凛とした、輝きを放っていた。
「殿、兵糧庫に敵襲です」
袁紹は本陣で、最悪の報告を聞いていた。
「曹操・・・」
袁紹は唇を噛む。
兵の数では曹操軍を上まっていた。
数で圧倒しようとした袁紹の策は曹操には通じなかった。
それよりも、兵糧庫が襲撃を受けたとなれば、兵が多い分、分が悪い。
袁紹は覚悟を決めた。
自分にも捨て切れない想いがある。
天下人になるのは自分――
誇り高き袁家の血筋の自分が・・・・。
そのためには。
「曹操・・・・」
袁紹は瞳を閉じた。
閉じただけでは友との想いは簡単には捨てられない。
「全軍、曹操を討て」
袁紹も覚悟を決めた。
――もし・・・私が天下に《覇》を唱えたら、どうするつもりだ。曹操?――
それはまだ、世が乱れる前のこと。
――おぬしを倒して、わしが《覇》を唱える・・・というのはどうじゃ?――
悪友という名の友がいた時のこと。
――敵同士になるのか・・・もっとも違う時代に生まれていれば、
きっとよい友になれたであろうな・・・曹操――
そして・・・二人は《覇》を巡って・・・対峙する。
「袁紹・・・決着をつようではないか」
「・・・曹操・・・望むところだ」
袁紹と曹操・・・二人の剣と剣が火花を散らす。
互いの想いを受け止め、その想いよりも上を目指すために――
おわり