朽ち果てる場所  





「曹丕さま。ここに居りましたか」

城壁の端。街と空と全てがとりあえず、一望できる。

曹丕は日が少し落ちるころ、ここへ来た。

司馬懿が息を切らして、曹丕の側に寄ってきた。

「ここにいると、言わなかったか?」

「聞いてません。それに、お出かけの時は護衛を連れて行くように申し上げたはずですっ!!」

司馬懿は曹丕の言葉に不機嫌になった。

「護衛がいると・・・な、恥ずかしいではないか・・・」

ふと、声を落とした曹丕が司馬懿の顎に手をかけた。

そして、そっと曹丕は自らの唇を司馬懿のそれに重ねた。

「!?」

司馬懿は身体が固まっていた。

軽く触れ合うだけの口付けだったが、司馬懿は解放されると、開口一番に顔を赤らめ、

「し・・・子桓さまっ!!」

と、怒鳴った。

しかし、曹丕にはそれが、恥ずかしさ故のものであることを知っている。

曹丕は笑みをこぼすと。

「まぁ、落ち着け、司馬懿。それよりも・・・もっと側に来い」

曹丕は司馬懿の返事を待たずに、彼の身体を自分の方へと引き寄せた。

辺りはすでに日は落ち、そして、空には三日月が煌々と浮かんでいた。

「司馬懿、私はお前と会えたことを嬉しく思う」

曹丕は空を見上げながら、静かに言った。

「・・・・子桓さま・・・」

突然の言葉に司馬懿は名を呼ぶことしか思いつかなかった。

しばらく、二人は空を見上げていた。

そのとき、大きな音が響いた。

そして、その数秒後、空一面に色とりどりの模様が空を染めた。

花火であった。

ドドーン

バーン

大きな耳の鼓膜が破れるほどの轟音。

華やかな、花火。

「綺麗であろう? お前と共に、見たかった」

曹丕はうっすらと笑みを浮かべながら、司馬懿の顔を見つめた。

司馬懿はその曹丕の言葉とその視線に見つめられ、身体が熱くなった。

「・・・子桓・・・さま・・・」

「仲達。これからも・・・いや、私と共に、朽ち果ててはくれぬか?」

半分、花火の音でかき消されつつあった言葉だったが、

司馬懿は何とか、聞き取ることが出来た。

自然と、司馬懿の両目から雫が零れた。

「・・・子桓さま。私めは・・・貴方と共に朽ち果てましょう・・・」

曹丕は花火を背に司馬懿の涙をそっと静かに拭ってから、再び、唇を重ねた。

今度は深く、長く、そして熱い口付けだった。







「まったく、あいつらはよく、やるのぉ・・・」

「若い証拠だな・・・孟徳」

曹丕と司馬懿の様子を近くでも遠くでもない所から除いていた曹操と夏侯惇だったが。

「・・・息子に寵臣を取られるとは・・・わしも歳かな?」

口を尖がらせた、曹操は冗談にいったが、その視線の先は二人を見つめていた。

その様子を見ていた夏侯惇はフッと笑うと

「もう、いいだろう。孟徳」

夏侯惇は曹操をその場から引きずるように、後にした。

その後、曹操の部屋に夏侯惇が入っていったのを数人の人間が確認していた。







――仲達・・・独りで逝くな。朽ちる時は・・・私もともに逝こう――

曹丕は司馬懿の耳元で静かにささやいた。

――子桓さま・・・私めは・・・そのお言葉だけでも・・・うれしゅうございます――

司馬懿もまた、曹丕に身体を預け、言葉を紡いだ。

二人は花火などそっちのけで、その場の時間が止まったように抱き合っていた。





おわり