悪夢




ーーすぐに来いっーー

夏侯惇は曹操に呼ばれた、

“急務”

呼びに来た雑兵はそう、付け足した。

夏侯惇は曹操に何かあったのかと思い、急いで曹操の待つ自室へと向かった。

「孟徳、何かあったのかっ!!」

息を弾ませながら、夏侯惇は勢いをつけて戸をあけた。

「ゲッ!?」

夏侯惇は思わず、声を失った。寝台の上で横になっている曹操を見たから。

その顔は覇気がなく、暗く、そして、げっそりとしていた。

「ど・・・どうしたんだ、その顔は・・・」

夏侯惇は曹操に近づく。近づくに連れ、顔色の悪さが目につく。

最近の曹操は元気がなく、少し痩せた気がしていたが、

これほどどは・・・夏侯惇は驚きを隠せなかった。

目の下にはクマができている。

「びっくりしたであろう?わしも自分で驚いておる・・・」

曹操は深いため息を吐いた。

「・・・寝不足なんだろう?それに心労も・・・」

夏侯惇は曹操を気遣うように曹操の横にすわる。

普段から、曹操は寝不足気味だtったが、寝るときは何日か分、一気に寝ている。

しかし、これほどの顔は初めてみることだった。

「・・・実はな・・・」

曹操は重い口を開くと、静かにポツリポツリと言葉を刻んでいった。

それによると、ここ最近、悪夢をみるらしい。それで貴重な睡眠の時間も眠れずにいるという。

その悪夢とは・・・決まって同じ夢だそうで。




「曹操、私に力を貸せ」

袁紹は目の前の男にそういった。その口調は命令的に。

周りには曹操軍と袁紹軍が乱戦していた。

その中で袁紹と曹操は対峙した。無論、曹操は袁紹に力を貸すこともなく。

「断る」

「何故だ?私といれば、天下など・・・」

袁紹は食らいついてくる。

「わしはお前の力がなくても天下を取る。わしの覇道にはお前が邪魔なのだ」

ガァ〜ン

袁紹の身体に衝撃が走る。

「曹操・・・私が嫌いなのか。私がここまで言っているのに・・・」

袁紹は悲しそうな顔で曹操を睨みつける。

「・・・袁紹・・・そういうお前が嫌いだというんじゃ・・・」

曹操はボソッとつぶやいたが、袁紹には聞こえていたのか、

「孟徳、私はお前が・・・・・・」

そして、戦の最中だというのに、袁紹は曹操に抱きついてくる。


そこで曹操はいつも目が覚める。

「うぎゃあ〜」

と、いう自分の叫び声とともに・・・・。

「・・・おぞまし過ぎて・・・オチオチ寝ておられん・・・」

そんなこんなで、曹操は毎日寝ないように我慢しているそうだ。

「は、はは・・・孟徳・・・お前死ぬぞ・・・」

夏侯惇は半分顔を引きつりながら、曹操に同情した。

曹操ほどに袁紹のことは知らなくても、あの男の強烈さは尋常ではない。

相手が嫌がっているのさえわからない、鈍さと自意識過剰。

坊ちゃんには過ぎたる性格である。

確かに、そんな夢は悪夢としかいえない。

「それでな、元譲。今日からお前の部屋で一緒に寝ていいか?」

「まぁ、かまわんが・・・」

曹操が顔を赤らめて、そう言ったのに対して、夏侯惇はさらりと答えた。

別に二人が一緒に寝ることは珍しくない。

知っている人は知っている、二人の関係。

今さら恥ずかしがることもない。

夏侯惇はそう単純に思っていたのだが・・・。

久々にみる曹操の安らかな寝顔に、夏侯惇は興奮して眠れなかった・・・。


「ぐっすり眠れたようだな、孟徳」

朝日がまぶしくなったころ、目が覚めた曹操に夏侯惇は開口一番にいった。

「うむ、久々にゆっくりと眠れた」

曹操の顔はすがすがしい。

「やっぱり寝台に何かあるのか?」

夏侯惇はふと、思った。

一週間前、曹操の体調を心配した荀ケが曹操の部屋のお祓いをしたそうだが、効果はなかったそうで・・・。

それでも、悪夢にうなされるのはあの部屋で眠るときだけなのだ。

「・・・む、そうかもしれぬな。元譲、手伝ってくれるか?」

夏侯惇は少しの間、悩んだ。曹操が元気になるのはうれしい。

だが、一緒に寝る時間が減ってしまうことを考えると、少し残念だった。


その日、途中で捕捉した張コウを加え、三人は部屋を探索した。

張コウは元袁紹の部下で、密かに袁紹に対して恋心を抱いていたらしいが。

「・・・袁紹殿の・・・夢ですか・・・」

張コウは決めポーズを取りつつ考え込んだ。

「その・・・枕の下が怪しいと思いますね。

袁紹殿は枕の下に好きな方の品を入れるとその方の夢を見るという噂を信じていましたから」

曹操はキモ・・・と思いつつ、とりあえず枕の下に手を入れてみた。

ゴソゴソと調べていると、奥の方から・・・人形が出てきた。

「ゲッ!何じゃこれはっ!!」

いかにも手作りとわかる、袁紹の人形。実際の人物よりも可愛くはあったが・・・。

そんなものが枕の下に潜んでいたとは知らず、曹操はから恐ろしくなった。

ブルリと曹操は身震いすると、その袁紹の人形を張コウに放り投げた。

「おぬしにやろう。まだ、忘れられんのだろう?」

「と・・・殿っ!?」

張コウは腕の中に納まったその人形を抱え、顔をほんのりと赤く染めた。

「・・・は、ははは」

夏侯惇はもはや笑うしかなかった。




「うむ、今頃曹操は私の夢を見ているに違いない」

袁紹はご満悦だった。一週間寝ずに作った自分の人形を曹操の寝台に潜めた。

そして、それと対に作った曹操の人形は自分の枕の下。

その効果なのか、袁紹は毎夜曹操の夢をみる。半分は袁紹の妄想が入るが・・・。

それで、以心伝心のごとく、曹操も自分の夢を見ていると信じている。

実際に、曹操も見ているのだが。

それだけならいいが、曹操も自分と同じように想っていると信じ込んでいた。

まさに、自意識過剰というよりは妄想。かなりイっちゃってます。

ここまでくると病気である。

「この戦が終われば・・・曹操をこの手に――」

現在、曹操と袁紹は敵対している。つうか、戦争中だった。

「袁紹さま。曹操を生かせば、災いになります」

部下はよく見ている。主がこれ以上、病気がひどくならないようにと、

災いの種である曹操を始末しようと動き始めているが。

「私は曹操が欲しいのだ。殺したくはない」

そういって、袁紹は耳を貸さなかった。



それから、曹操は元気になり、袁紹の夢もみなくなった。

やはり、あの人形のせいだったらしい。

その人形を持っていた張コウも、三日も経つとげっそりしていた。

「きょ・・・強烈過ぎます・・・」

と、謎の言葉を残し、人形を処分したらしい。

しかし・・・悪夢はまだ終わらない。

「いずれ、この袁紹が曹操を振り向かせて見せる」

と、意気込みながら、何やらこそこそと動き回る袁紹に、再び曹操は悪夢にうなされる羽目になる。

袁紹 字を本初

曹操をその手に掴むのはいつのことやら・・・。

曹操にとってはいい迷惑。

元部下である張コウはあれ以来、きっぱりと袁紹を見限ったらしい。

どんな夢を見たのか、気になるところではあるが・・・。

「袁紹め、この落とし前はきっちりと返してもらうぞっ!」

以後、二人がさらにいがみ合ったのはいうまでもない。



おわり