SHIN−KI










「我が君・・・」

甄姫は蒼天の空を仰ぎ見ながら、愛しい人の名をつぶやいた。

ここは戦場・・・。

女だからと言って、殿方には遅れを取るわけにはいかない。

自ら武器を持ち、戦場に出ることを望んだ自分に今更後には引けない。

――殿。私も・・・参りますわ――

そう、言った自分を、曹操は微かに笑みをこぼして、うなずいた。

そして・・・《あの方》も同じように笑みをこぼして言った。

――無理はするな――

その一言だけでうれしくなる自分がいる。

全ては愛しい夫――曹丕のため・・・。

彼の邪魔をする者はたとえ誰であろうと許さない。

それが誰であっても――

そう・・・誰であろうと・・・・。


時は合肥新城・・・三国の隙を突いて、南中の異民族に占領された。

すでに【魏】【蜀】【呉】【呂】の連合軍が包囲していた。

南蛮の祝融・猛穫軍にことごとく、壊滅に追い込まれた連合軍だったが、

呂布を総大将に再び、集った。

曹丕と甄姫は曹操を――

周瑜と小喬は孫策と大喬を――

呂布と貂蝉は仕返し――

超雲と姜維は劉備と諸葛亮を――

それぞれに倒された者への復讐戦だった。


「大丈夫か?」

布陣を終えた周瑜は隣にいる小喬に声をかけた。

呂布の命令に従うのは不本意だったが・・・奴も純粋に勝つことを望んでいる。

連合軍の利害が一致しているのだから、今は従おう。

周瑜はそう、思っていた。

「周瑜様、絶対に勝ちましょうね」

小喬は変わりない笑顔を浮かべて、そう言った。

その笑みに周瑜は微かに笑みをこぼして、うなずいた。


「――丞相・・・」

姜維は高い空を眺めながら、今は亡き人を思い浮かべていた。

「姜維殿、いかがなされた?」

そんな彼を見て、趙雲が声をかけた。姜維は趙雲の姿を確認すると

苦笑いを浮かべた。

「敵対していた者とこうして共に戦うことになるとは思いませんでした」

呂布と手を組んでいる。

最強の武を持つ、男が同じ地に立っているのだ。

「・・・姜維、とにかく、今は勝つことだけだぞ」

「はい」

噴出しそうになる汗と緊張。そして高ぶる鼓動。姜維は静かに目を閉じた。

――丞相・・・見ていてください――


「よし、全軍、布陣を終えたようだな」

呂布は確認すると、つぶやいた。

「奉先様・・・」

隣にはいつも貂蝉がいる。

「俺のそばを離れるなよ」

呂布はそう、言うと全軍に攻撃の命令を下した。



祝融と猛穫は二人揃って、敵軍の動きを見定めていた。

統制がちゃんと取れている。いい動きをする。

「・・・あの女・・・・」

祝融の双眸に一人の女が留まる。

祝融よりも細いしなやかな身体を持つ。甄姫だった。

「あんた、ちょっくら出てくるよ」

祝融は言うよりも、駆け出していた。

「かあちゃんっ!!」

猛穫はその後を追っていった。



――曹丕様――

甄姫は次々と敵を叩き伏せる。胸にあるのはただ、一つ――

激しい想いだけ。

――誰にも負けない・・・邪魔はさせない――

『無理はするな』

そう、言った《あの方》の言葉。

人は《あの方》を非情だというけれど。

その一言が、妙にうれしくて。うれしくて・・・。

「我が君・・・」

《あの方》の力になれるなら・・・戦場で戦うことなど、苦にならない。

この命さえも――

愛しい人の為なら・・・・。


「我が君の邪魔はさせません」

甄姫は目の前に迫った、祝融に目を留めると武器を構えた。

その双眸には強い、激しい光が見えていた。


全ては・・・愛しい君――曹丕様の為に――






終わり