理由  














曹操のそばに夏侯惇がいるように、曹丕のそばに司馬懿がいた。

それでも、曹丕は何故か満たされなかった。



あるとき、曹丕は夏侯惇をわざわざ呼び寄せてた。

理由などない。

ただ、聞きたいことがあった。

自分にはどうでもいいことだった。

でも――。


「お呼びですか、曹丕様」

部屋の戸が叩かれ、曹丕は入れ。と返事を返すと、

夏侯惇が部屋の中に入ってきた。

「すまない、呼び出してしまってな」

曹丕は椅子にすわるように合図を送り、酒を勧めた。

が、任務中ということで、夏侯惇は断った。

それ以上、勧めることもできず、曹丕はかわりにお茶をだした。

一口と、二人ともに温かいお茶を口にいれる。

一気に、心が安らいでくる。

「呼び出すことではなかったと思うが、

どうしても将軍に聞きたい事があってな・・・」

「私にですか?」

夏侯惇はとりあえず、頭の中であれやこれやと考えてみたが、

ぜんぜん、検討がつかなかった。

「・・・もし、父上・・・が覇業を成さなくても、共にあり続けたのか?」

もし。なんてものは“今”には必要ないもの。

それでも、曹操と夏侯惇の二人の関係を知っているだけに、

もし。が聞きたくなる。

果たして、どうなっていたのか。

物心ついたときから、曹操のそばに夏侯惇がいた。

それが当たり前になっていた。

曹丕もそんな二人には違和感はなかった。

それでも、今は乱世。

もし、互いがいなくなったら・・・どうなってしまうのだろうか。

「ふ、ふふふ。」

フッと夏侯惇が笑い出した。

曹丕はやはり。と思う反面、聞かなければよかったという後悔が残った。

「真顔で何をいうのかと思えば、

もっと真面目な話をするのかと思ったんでな・・・」

フッと夏侯惇の顔がやさしく、柔らかくなった。

それはまさしく、主公の息子に向ける顔ではなく、親族の一人としての顔だった。

クシャッ

と、夏侯惇は曹丕の頭を軽くなでると、言いにくそうに口を開いた。

「俺は孟徳が覇業を成すと信じている。

だから、迷わずにあいつについて行くことができる。

俺はただ、自分の信じる道を進むだけだ。」

まっすぐな瞳が曹丕を射抜いた。

迷いのない、強い意思のこもった視線だった。

「・・・信じる道・・・」

曹丕はボソッとつぶやいた。

身体中が熱かった。

頭の中にあったモヤモヤがフワーと抜けていくような感覚が曹丕を襲った。

が、彼には心地よかった。

「こんなこと、孟徳にはいうなよ、恥ずかしいからな・・・」

夏侯惇はニコリと笑みをこぼすと、任務中といって、部屋を立ち去ろうとした。

去り際に、夏侯惇は笑みをこぼして。

「俺は、孟徳だから、ついて行く」

そう、例え、覇業を成すことがなくても、きっと、

曹操孟徳、その人であるがために。

彼のために・・・。

夏侯惇はそう、胸に刻まれた言葉を繰り返した。


―孟徳だから・・・ついて行く―



夏侯惇が去った戸を見つめ、曹丕は苦笑いをこぼした。

「恥ずかしいことを・・・よく平気で言う・・・」

自分にはできないこと、だと思う。

でも、悩んでいた自分が馬鹿らしく感じる。

改めて二人の間にある絆が強いことを曹丕は再認識した。







それから、何日か過ぎた。

相変わらず、曹丕は司馬懿をそばに召抱えている。

最近は司馬懿に聞いてみたいことがあった。

聞いたところで、返ってくる返答はほぼ、検討がついている。

それでも、どこか、期待をしてしまう自分がいる。

隣で熱心に政務に没頭している司馬懿に曹丕は話かける。

「仲達」

名を呼ばれ、司馬懿は書面に向けていた視線を曹丕に移した。

「お前はなぜ、私に仕えている?」

一瞬、怪訝な顔を浮かべた司馬懿はしばらく、

曹丕の言葉の意図を測るように見つめていた。

「答えが必要ですか?」

短く返答する。

「必要だから、言ったまでだが?」

曹丕も同じように返答した。

司馬懿は深くため息を吐き、観念した。

「最初は嫌々でしたが・・・」

司馬懿はそっと、曹丕の首の後ろに手を回し、耳もとでささやいた。


―あなただからです・・・子桓様・・・―


ポッと、曹丕の顔がほんのりと紅くなった。

「恥ずかしいことを平気でいう」

曹丕は苦笑いをこぼし、そう言った。

「子桓様が言えといったではありませんか」

側に置くのは、そう、司馬懿だからか。

曹丕は改めて実感した。

理由なんてない。

ただ、愛しい貴方だから・・・。

共に歩んで行きたいと・・・願う。

だた。

それだけ。







おわり