昔のこと










戦が一段落し、呂布が城へ入り、その後ろを張遼が続いた。

張遼はいつも見る、呂布の大きな背中を見つめながら、

今日もまた、彼の背中を追っていた自分を思い出し、苦笑いを浮かべた。

いつか、いや、必ず追いつきたい背中。

張遼の目標でもある。

そんな背中を見つめながら、張遼は一つの懸念を感じていた。

最近の呂布は貂蝉のために戦をしているように思えて仕方がない。

今までの彼は自らの武のために戦場を駆っていた。

それゆえ、周りを圧倒する存在感と畏怖感が戦場に降り注ぐのだ。

その感覚を張遼は好きだった。

少しづつ、その存在感と畏怖感が薄れていっているように感じていた。

「呂布殿・・・」

憧れと愛しい主の背中を見つめながら、張遼はつぶやいた。




「張遼」

愛馬を引きずって、張遼は厩へと向かう。そこへ背後から高順の声が聞こえた。

「高順殿。いかがなされた?」

高順は生粋の武将で、呂布軍の中でも陳宮と並び、右腕と称されていた。

張遼をはじめ、何人かの武将の上司でもあった。

「これから飲まないか?」

高順はそういって、張遼を誘った。

「しかし、まだ報告が済んでおりませぬ・・・」

張遼は真面目な男である。呂布が戦場にいたにも関らず、報告をしようという。

「そんなものは他の者にやらせればいい。殿も戦場にいらしたのだ。いまさら、報告など聞かずともよかろう」

高順はもっともらしいことをいって、さらに誘う。

張遼は根負けしたが、馬の世話だけは譲らなかった。

一刻ほどした後、張遼は高順の家へと向かった。



二人はよく酒を飲んだ。

とくに、戦のあとに。

たわいのない話をし、酒を飲む。

それが、高順と張遼は楽しかった。

お互い、上下関係があるが、戦の話には盛り上がる。

やはり、武人なのだと、互いに顔を見合わせ、笑みをこぼす。

「高順殿、お聞きしたいことがございますが・・・。」

張遼は最近の呂布について、聞いてみようと思った。

彼ならば、気づいているかもしれないと。

高順は、杯の中の酒をぐいっと飲み干し、張遼の方に顔を向けた。

張遼の顔が少し前と違い、真剣な表情だったのを、高順は気づいた。

『相変わらず、真面目なヤツだ』

高順はそう思いながら、何となく、彼の話す話の予想を立てていた。

「最近の呂布殿は・・・」

「張遼、それ以上いうな・・・」

高順は張遼の言葉をさえぎった。

「しかし、高順どのっ!!」

張遼も引かない。以外に頑固でもある。

高順とて、それ以上言わせるわけにはいかない。

臣が君に仕えている以上、言ってはならないことなのだ。

呂布が呂布でなくなってしまっても・・・だ。

それは臣には関係ないことだからだ。

「張遼、たとえ、どうなろうとも、殿は殿だ。ちがうか?」

高順にそういわれ、張遼は納得がいかなかったが、折れてしまった。

少し、酒が入っていたせいで、感情的になっていたらしい。

「もうしわけござらぬ。それがしとしたことが・・・」

「気にするな。分かってくれただけでもいい」

高順は再び、酒を飲む。

喉に酒が静かに染み込んだ。

ふと、高順は張遼の肌に視線がいった。

鍛え抜かれた身体。

呂布ほどではないが、いい身体つきになっている。

酒のせいで少し赤みを帯びている肌の色。

何故か、綺麗だと思った。

「高順殿、それがしはそろそろ、お暇させていただきます」

張遼はそういって、席を経った。

高順はあぁ。と一言いって、張遼の背中を見送った。

彼が部屋から退室すると、高順は身体の高ぶりを感じていた。



次の日、張遼は呂布に呼ばれた。

二日酔い気味な身体を引きずって、張遼は呂布の部屋へと向かった。

途中に、貂蝉に出会った。

相変わらず、綺麗な方だと素直に思う。

軽く挨拶をすると、彼女も笑みをこぼして挨拶をする。

別れ際に、貂蝉は何かを思い出したように、言葉をつづった。

「張遼様。私は奉先をお慕い申し上げています。たとえ、貴方であっても・・・負けません」

貂蝉はそういうと、そのまま立ち去って行った。

張遼は彼女の言葉が理解できず、首をかしげていたが、あまり気にしないことにした。

部屋に入ると、やはり酒を呂布はあおっていた。

「呂布どの、飲み過ぎではござらぬか?」

張遼は呂布の杯をその手からもぎ取った。

「何をするかっ、張遼っ!」

呂布は一喝して、再び、取られた杯を取り返した。

「呂布どの、それがしに話があったのではございませんか?」

呂布は酒をあおって、ふん。と鼻を鳴らした。

「そんなものはない。俺のそばにいろ」

張遼は呂布のわがままぶりに怪訝な顔を隠せずに、

「用がないのであらば、失礼いたします」

張遼はそのまま、部屋を出ようとするが、呂布はその腕をつかんで放さなかった。

「呂布どの、放してくだされ」

ぐいっと、呂布はその腕を引き寄せた。

反動で、張遼の身体が呂布の胸の中へと落ちる。

「張遼、何故に俺を避ける?」

呂布の視線が張遼を射抜いた。

そのまっすぐな視線に張遼も目をそらせることができなかった。

「それがしは・・・避けてなど・・・」

「お前は俺の気持ちを知っているだろうっ!」

呂布は無理やりに張遼の唇を奪った。

「っ!!!」

張遼は引き離そうと暴れている。

「張遼っ、何故だ?お前も俺が好きだといったではないかっ!!」

張遼を力強く抱きしめる呂布は感情的になっていた。

「それがしは・・・駄目なのです・・・」

張遼の遠い記憶がよみがえる。

忘れようとして、自我を抑えたおぞましい記憶。

今でもこの身体に刻まれた傷。

呂布をお慕いしたという理由だけで。

暴君に抱かれた、その記憶・・・。

張遼は呂布の身体を引き離し、呂布の前に立ちつくす。

「それがしも呂布どのを好きです。でも・・・」

スルリ。と着ていた服を脱ぎ始めた。

呂布はその身体を見た瞬間、言葉を失った。

至るところに、傷や打撲の跡が痛々しく残っていた。

その跡をみた呂布は頭の片隅にある記憶を思い出していた。

養父である董卓が気に入った武将を毎夜、部屋に連れ出し、玩具にしている、と・・・。

はじめは噂だった。

それが、養父である董卓の口からゲラゲラと卑しい笑い声とともに聞かされた真実。

今でも、呂布でさえ、不愉快に思う。

助けたいとは思わなかった。

当時の呂布はそんなことはどうでもよかったのだから。

でも・・・。

呂布は張遼を強く抱きしめた。

「張遼、すまない。お前だと分かっていれば・・・」

何故、あの時、もっと早く彼と出会わなかったのか。

そうすれば・・・。

「いいのです、あの当時は呂布どのは私を知らなかったのですから・・・」

張遼も呂布の温もりを感じながら、抱きしめ返した。

「過去は忘れてしまえ、いや、俺が忘れさせてやる。だから・・・俺のそばにいろ。張遼・・・」

呂布はそっと、張遼の唇にくちづけた。

「呂布殿・・・それがしで・・・いいのですか・・・?」

唇を離し、呂布はまっすぐな偽りのない瞳を張遼に向けた。

「お前以外、誰をそばにおく。嫌でもそばにおく・・・」

呂布は再び、張遼の唇をふさぎ、つよく吸った。

「呂布・・・どの・・・」

張遼の両目から、静かに光るものが零れ落ちた。







ちょうど、同じ頃。

ばったりと高順と貂蝉が渡り廊下で出会っていた。

「貴方の色香も殿には通じなかったようですな」

少し嫌味をこめて、高順は目の前の女性に声をかけた。

貂蝉は少し、苦笑いを浮かべていた。

「それでも、私は奉先さまをお慕いしておりますわ・・・」

高順はその彼女の哀しげな横顔に目が離せなかった。

しばらく、二人はただ、渡り廊下から見渡せる風景を見つめていた。




おわり








最後を加筆いたしました。
今までは中途半端っぽくて自分的には気に入らなかったのですが、
今回は最後まで書ききれました。
高順と貂蝉がいい味をだしていると思うのですが、
どうでしょうか。
やはりこの四人の微妙な関係が好きです。