再会
「ホウ徳殿・・・どうしてなんだっ!」
戦の中で、馬超は共に戦い、尊敬していたホウ徳の姿を見つけた。
そう、魏の曹仁が守るハン城の入り口に護るように立ちふさがっていた。
「馬超殿、共に戦った者が袂を分かつのは乱世では常。
この先を進むのであれば、それがしは全力を持って貴公を阻止しよう」
双戟を構え、ホウ徳は迷いのない表情で馬超を見据えていた。
「・・・ホウ徳どの・・・」
頭ではわかっている。敵同士だということを。
倒さなければならないということも。
それでも、馬超はためらっていた。
感情がついていかなかった。
――ホウ徳殿――
馬超は唇を噛んだ。
迷う自分に腹が立つ。槍を持つ手に力が入る。
「俺の名は馬孟起、我が正義の刃、受けてみよっ!」
馬超は槍を構えて、地を蹴った。
「それがしはホウ令明。この双戟でお相手しよう」
双戟と槍が火花を散らしてぶつかりあった。
馬超はその瞬間、遠い過去に思いをはせていた。
涼州。
まだ、馬超の父、馬騰が生きていた頃。
この地を守るために辺りの豪族たちと手を取り悪しき輩と戦っていた。
董卓であったり、その部下たちであったりしたが、
一緒に戦った一人にホウ徳がいた。
彼の武はすごかった。
あまり話さない彼だったが、馬超はその武に惚れていた。
そう、尊敬していたのだった。
ともに涼州を守ってくれると信じていた。
とある日。
馬超は夜中に目が覚めた。
部屋を出て、館の廊下を歩く。
ふと、ホウ徳の姿が目についた。
彼は父、馬騰の勧めで客将としてこの地に留まっていた。
しかし、父馬騰は衛尉として宮中の警護にあたるため、一族を率いてギョウに移った。
馬超は一人この地に残り、ホウ徳もそのまま馬超の部下になった。
その彼が目の前を歩いていた。
「ホウ徳殿」
馬超はためらいもなく声をかけた。
「馬超殿、いかがなされた。こんな時間に?」
ホウ徳は振り返りながら、そういった。
「ホウ徳殿も眠れないのですか?」
質問に質問返しというのも変な気はしたが、ホウ徳は気にするでもなく。
「こうして皆が寝静まった頃、精神を集中するのがそれがしの日課になり申した」
ホウ徳は馬超の顔をじっと見つめていた。
「乱世は始まったばかり。まだ終わらないと見た。
それならば、それがしはそれがしの信ずる道で乱世を終わらせようと思う」
その言葉に馬超はかすかな不安を感じた。
「ホウ徳殿、ここを去るのですか。俺は貴方を尊敬しているし、頼りにしている」
「・・・馬超殿。ここはそれがしの居場所ではない。
早かれ、遅かれ、暇をもらおうと思っていた」
ホウ徳はそこまでいうと、馬超の方を振り返らずに、その場を立ち去っていった。
馬超には彼を止める術はなかった。
「ホウ徳殿っ!俺は貴方を尊敬していた。なのにっ!」
馬超はホウ徳に声をあらげて言う。
二つの武器が交差する。
金属音が鳴り響き、二人の間で力が均衡する。
「馬超殿。貴公がそれがしの前に立つのであれば、それがしは武を持って、貴公を撃滅するのみ」
ホウ徳は双戟に力を込め、馬超の槍を振り払った。
馬超はその槍とともに地面へと転がった。
「くっ。ホウ徳どの・・・何故、曹操の魏になんかにっ!」
馬超は体制を整え、槍を構えた。
しかし、未だにホウ徳への未練があった。
「馬超殿が劉備を選んだように、それがしは曹操殿を選んだ。それだけであろう」
ホウ徳は改めて双戟を構え、馬超に突きつけた。
「馬超殿・・・もはや袂を分かち者同士、これ以上の言葉は無用。
この先を通りたくば、それがしの屍、踏み越えていくがいい」
「ホウ徳殿・・・」
馬超は唇をかみ締めた。
想いが駆け巡る。
槍を持つ手に力が入る。
「うおぉぉぉー」
馬超が咆える。
ホウ徳の双戟が馬超に迫る。
馬超はその双戟を槍で受け流し、キッとホウ徳を見据えた。
「俺の名は馬孟起。この正義の刃で曹魏を打つ!」
覚悟を決めた。
もはや、目の前にいるのはかつての・・・馬超が知っているホウ徳ではない。
馬超はそう思った。
この信念があるかぎり、戦わなくてはならない。
そう、ここで倒れるわけにはいかない。
馬超はホウ徳に斬りかかった。
その信念を刃に乗せて。
その馬超の姿を見て、一瞬。
ホウ徳はかすかに笑みをこぼした。
「それがしの全力・・・受けていただこう」
二つの影が重なり、火花を散らした。
互いの想いをその武でぶつけるように。
――ホウ徳、我が元へ来ぬか。――
そう言った曹操。
初めて出会ったのは戦場。
魏の武将と戦いながらも、曹操という人物が気になった。
いざ、目にするとその大きさが窺えた。
そして、ここにはそれがしの居場所があるに違いないと・・・。
――何、ハン城の救援に行きたいと?――
相手は関羽。
相手にとって不足はない。
たとえ、このハン城が我が棺となりても・・・。
「それがしはホウ令明、この双戟にてそなたを阻もう」
了