失ったもの




「ん・・・ぅはぁ・・・」

曹操の寝所から甘い声と香りが辺りを包む。

後ろから抱かれるようにして曹操は同じ同性である夏侯惇にその身を抱かれていた。

嫌いではなかった。

むしろ、夏侯惇が曹操にそういった感情があることを曹操は気づいていた。

だから・・・抱かれた。

発端は何にせよ、曹操にはそうすることで、心の隙間を埋めることが出来た。

そう・・・今は亡き・・・悪友の想いとともに・・・。

夏侯惇は曹操の側にいることが多かったせいもあって、二人の関係はすでに知っていた。

知っていて、曹操を抱いた。

曹操がそうすることで精神的に軽くなれるなら・・・。すべては曹操のために――。

夏侯惇はあえて、何も問いはしなかった。

互いにただ・・・身体を寄せ合い、交わり、貪りつく。

獣のように・・・。

少しずつ、二人の吐息と声増えるなか、寝所は甘い蜜の香りで一杯になった。

曹操はそのまま、横たわり、まどろみの中消えては浮かぶ悪友の姿を思い出していた。




曹操と袁紹。

二人が身体を重ねあったのは、まだ若き日のこと。

好きとか嫌いとかよりも、何となくだった。

互いの唇を重ねたのがそもそもの始まり。

今となっては何故そんなことをしたのか、わからない。

それでも、触れた唇は互いの心と身体を刺激して心地よかった。

それから、敵同士になるまで、ずっと回りに気づかれることなく、恋人同士のように抱き合った。

覚悟はしていたはずなのに・・・。

離れてみて初めて知った想いの深さ。

もう、戻れないところまで来ているのかもしれない・・・と曹操は思った。

官渡。

全てに決別したあの戦。

この手で愛しい人を。

この手で悪友を。

この手で・・・・・。

誰かに殺られるなら・・・自分の手で――。

曹操はそう思った。

だから。

一人、袁紹の寝所に忍び込んだ。

「本初・・・」

不意に現れた、顔なじみに袁紹は一瞬驚いた顔をしていた。

「孟徳、どうやって・・・ここまで」

相変わらずの優しい顔立ち。プライドさえ高くなければ、いい奴であったろう。

曹操は久しぶりに見る袁紹に素直にそう、思った。

「・・・お前に会いにきた・・・」

袁紹は曹操の言葉に笑みをこぼして、そっと曹操を優しく抱き寄せた。

やはり、心地がよかった。

この腕の中でこうしていたい、と思う。

女ならば、確実にそうするだろう。と思いながら、曹操は唇を噛んだ。

「袁紹・・・今日は別れを告げにきた」

曹操は袁紹の腕の中で静かにそうつぶやいた。

そして・・・。

懐から、短刀を取り出し、袁紹の胸へと刺した。

生暖かい血が曹操の手首へと流れる。

「・・・孟徳・・・?」

一瞬の袁紹の驚愕した顔。

二人はその場に崩れた。

「本初・・・わしは・・・・」

短刀を握りしめながら、曹操は袁紹の顔を見つめていた。

そして・・・言葉を続けた。

「・・・正直自信がなかった・・・お前と戦う自信が・・・だから・・・」

袁紹は曹操の震える肩を抱き寄せると、そのまま唇を重ねた。

血の味がした。

「孟徳・・・逃げろ。私が成せなかった・・・天下を・・・」

袁紹の額から汗が玉のようにこぼれる。

「本初・・・」

袁紹は血まみれの手で曹操の頬にそっと触れた。

「孟徳・・・お前と出会えて・・・よかった」

「わ・・・わしもじゃ・・・」

二人は再び、唇を重ねた。


袁紹はしばらく、部屋を出て行った曹操の後ろ姿を見送っていた。

身体が冷えていく。

それでも、温かく感じていた。曹操の温もりがまだ、そこにはあったから。

「孟徳・・・同じ星の元に生まれたかったな・・・そうすれば・・・」

袁紹は笑みをこぼしていた。

命数尽きるときに愛しい者に触れられたこと。

こうして・・・愛しい者に・・・命を奪われること・・・・に。




袁紹は没した。曹操が刺した傷が元で。

もっと早く治療すれば治っていた傷。

曹操が刺した傷。

あの時の感触は忘れない。いや、忘れられない。

あの生暖かさ、袁紹の安らいだ笑み。そして、血の味がした口付け。

「・・・本初・・・お前とともに・・・天下を見たかった・・・な」

城壁の上で青い空を見上げ、曹操はつぶやいた。

もう・・・愛しい人はいない。

それでも、曹操は立ち止まれなかった。

想いを托されて、逝った愛しい人に・・・。

天下を・・・手土産にしたいから。



「孟徳、ここにいたのか」

夏侯惇が曹操を探していた様子で言った。

「わしに用か?」

「いや、お前が消えてしまうんじゃないかと思っただけだ・・・」

苦笑いを浮かべ、夏侯惇もまた、青い空を見つめた。

「元譲・・・わしはまだ覇業の一つもクリアしておらぬ。今消えてどうするんじゃ」

曹操は口をとんがらせた。

「なら、そろそろ、戻った方がいいな。軍師殿が怒りながら、孟徳を探していたのだからな」

「それを早くいえ!」

曹操は夏侯惇に促されながら、その場から立ち去った。

夏侯惇は青い空を見上げ、

『これからは・・・俺が孟徳を見守る・・・それでいいだろう?』

誰につぶやくでもなく、夏侯惇はそうつぶやいた。


城壁の下から、曹操の夏侯惇を呼ぶ声が響いていた。










微妙な話しでした。袁紹×曹操を書きたかったのですが、
くら〜い話になってしまいました。残念。
曹操が袁紹を忘れられないっつうのを書きたくて、こんな話に
なりました。実際、一人で敵陣地には乗り込めないだろうな・・・。
めちゃくちゃな話や(汗)