心に響く               





――貴方が・・・好きです――


何度つぶやいただろう。

何度・・・心の中で思ったのだろう。

何度・・・響かせれば、伝わるのだろうか――


一生、言えるわけがない。

言えたとしても、どちらかの命数尽きたとき。

流れた貴方の星に向かって、笑みを浮かべてつぶやくだろうか。

それとも、光り輝く貴方の星に目眩を感じながら一人静かに逝くのだろうか。

何故なら。

私と貴方は・・・敵同士なのだから。



「孔明っ!」

劉備が息を切らして諸葛亮の寝所に入る。

急な客に諸葛亮は驚いている。

「どうか・・なされましたか。そんなに息を切らせて」

いつもの笑みを浮かべ、諸葛亮は主である劉備に優しく言った。

「お前が、病気だと聞いて、居ても立ってもいられなかった」

目じりに涙を溜めて、すぐにでも泣き出しそうな顔で劉備は諸葛亮に告げた。

「ありがとうございます。私、孔明はそれだけでうれしゅうございます。

 病気といっても、少し風邪を引いただけなので、そんな重いものではありませんから・・・」

それを聞いた劉備はホッと肩の力を抜いた。

しばらく、雑談をしてから劉備は寝所から出て行った。


久しぶりに嘘をついた。

風邪などひいてはいない。

病には違いないけど、心の病。

貴方のことを考えるたびに、胸が苦しくなる。

苦しいだけで、どうしようも出来ない想いに身体が拒絶反応を起こすだけ。

想うだけで、会えない貴方に・・・苦しむだけなのに。

手を伸ばせば、何故か届くと信じ込んでいる自分がいる。

貴方が・・・この手を掴んでくれなくても・・・。

そっと、部屋の隅の棚においてある、一つの書簡。

何も書かれていない書簡。

想いを形にして貴方に届けたいと、思ったあの日に結局何も書けずにいたもの。

もし、この苦しい想いをこの書簡に込めて送ったのならば、貴方はどうしたのか。

見たいと、思う。けど・・・みたくない。

いちべつして、笑って、貴方は破り捨てるだろうか。

ただ、戦でしか貴方の姿は見えることはないけれど、この貴方への想いは本物なのに。

どうして・・・敵同士なのだろう。

会いたいと思う。

でも・・・私にはできない。

貴方が・・・

「好きです・・・司馬懿――」

諸葛亮はそっと、目を閉じて遠くを見つめた。



遠く魏。

司馬懿は気配を感じて、後ろを振り返った。

温かい、優しい気配。

それでいて何故か、自分を見守っているような感覚。

不思議な感じだった。

ただの気配。それだけなのに、心地いい。

無意識に口元に笑みをこぼして、司馬懿は廊下を静かに歩いていた。

寝所に入ると司馬懿は一つの書簡を取り出した。

まだ、何も書かれていないものだったが、司馬懿は筆をとり、ゆっくりと文字を書き始めた。

「諸葛亮・・・か。私の生涯ただ唯一の好敵手となるか・・・」

司馬懿は書き終えた書簡を丸めると、つぶやいた。




数日後。

諸葛亮はまだ、安静にしていた。

そこへ再び、劉備が訪ねてきた。

「孔明。お前に手紙だ。具合はどうだ?」

諸葛亮は手紙を受け取り、にっこりと笑みを返した。

「・・・孔明、あまり無理はせぬようにな。それと・・・私には気遣いは無用だからな・・・」

劉備はそこまでいうと、そのまま帰っていった。

気づかれてしまったのだろう。

殿にはバレないようにしようと決めたのに。

諸葛亮はふふ。と口元を緩めながら、手紙を開いた。

司馬懿からだった。


【諸葛亮へ 
  
  風の便りで体調が悪いと聞いたので、手紙を書いた。

  私自身驚いているが、今お前に死なれては困るのは私なのだからな。

  お前は私の唯一の好敵手となろう。

  それだけ、お前の知略を認めているということだ。

  大体、体調を崩すなど、間抜けなのだ。馬鹿めが。

  司馬懿】


「ふふふ。司馬懿らしい手紙ですね」

ぽつっと手紙に雫が落ちる。

これだけで・・・いい。

この手紙だけでいい・・・。

貴方が私を気にかけているだけで・・・それだけで――。


――司馬懿・・・好きです――


諸葛亮の肩が震える。ぎゅっと、手紙を胸に抱きしめて顔をうずめ、声を堪えて泣いた。

一生、言うこともない言葉。

死ぬ間際でさえ、いえない言葉。

この言葉をこの想いとともに・・・・この命尽きるときに持っていこう。

命尽きるまで・・・この言葉は消えずに心に響くのだから。


貴方が・・・好きです――


心に響く。

伝えられない言葉がある。

苦しくて、仕方のない想いがある。

それでも・・・手を伸ばせば、届くと信じ込んでいる想いがある。

いつか・・・。

この手に貴方の手が――。












司馬懿があまり出てこなかった(汗)
諸葛亮の想い話みたいで、司馬懿の感じた気配は孔明さんです(笑)
劉備もやはり気づいてしまったようで。
私の書く孔明さんはやたらと暗いなぁ。