変わらぬ日常






曹仁は曹操の部屋に招かれていた。

部屋の真ん中には丸い台。その上には見た目が極上らしい酒と二つの杯。

「子考と飲むのは久しぶりだのぅ・・・」

すでに赤い顔の曹操。上機嫌の主を見ると、思わず曹仁は顔をほころばせる。

しかし・・・飲み過ぎを許すほど、曹仁は人がいいわけではない。

「殿、飲み過ぎではありませんか? 

これから、夏侯惇将軍がいらっしゃるのでしょう?」

そう言えば、少しは将軍が来る間は控えてくれるだろうと踏んでの言葉だった。

「そのときはその時でまた飲み明かせばいいんじゃ。変な心配せんでもよい・・・」

曹仁の言葉など耳を貸そうとはしなかった。

本来なら、ここには夏侯惇がいるはずだった。

手の離せない用事でしばらく時間がかかるらしい。

偶然にも、何にも知らない曹仁がこの部屋に来訪してきたのが運のツキだった。

曹操と顔が合った瞬間。

彼の暇つぶしの対象になってしまった。

「しかし・・・殿・・・」

曹仁は真面目な男である。

それが彼のいいところではあるが、性格が堅すぎる。

少しくらい砕けてもいいものを、曹操は普段から多少なりともそう感じていた。

何回も曹仁に戒められ、少しムッとなった曹操は口を尖がらせた。

「それ以上、お飲みになられたら、明日の政務にも支障がでましょう?」

「大丈夫じゃ。政務の一つや二つ、司馬懿や丕にやらせればよい」

曹操は取り合わず、逆にそうしてやろうと思っているように笑みをこぼしていた。

「・・・わかりもうした。それがしはそろそろお暇いたしましょう」

曹仁は杯に入っていた酒を飲み干し、席を立った。

「子孝・・・もう少しゆっくりしていけばよい・・・」

曹操はそうはいったが、曹仁はクスリ。と笑みをこぼした。

「二人の仲を邪魔するほど無神経ではありませぬ・・・」

曹仁は静かに戸を開ける。そこにはいつからいたのか、夏侯惇が立っていた。

「・・・も・・・孟徳、遅くなった」

夏侯惇はバツの悪そうに目の前の曹仁の顔を通り越して、その奥にある曹操を見つめた。

「気にせずとも入って頂けたらよろしかったでしょうに・・・」

曹仁は夏侯惇に中へと薦めた。

「すまんな。迷惑をかけてしまったようだ・・・」

夏侯惇は曹仁にすまなそうに、苦笑いを浮かべた。

「それは、お互い様でしょう。それよりも、殿に言っておいてくだされ。

あまり飲みすぎるな。と・・・・」

曹仁はそうはいっても顔は柔らかかった。

「わかった。伝えておく」

曹仁はうなずくとそのまま、外へ出ようとしたが・・・。

「将軍。それがしには殿の面倒は務まりませぬな・・・」

彼は軽く笑みをこぼして、そういうと出て行った。

夏侯惇は彼の背中が見えなくなるまで見送った。

「・・・・まったく・・・孟徳。風邪を引くぞ」

椅子にすわったまま、眠りについた曹操を夏侯惇は寝台の上に寝かせた。

戻ってからすぐの仕事?がこれか。と、夏侯惇は思ったが。

その曹操の寝顔が可愛くて。

「一緒に酒を飲もうと言ったのは・・・お前だろう。孟徳・・・」

笑みをこぼして、独りつぶやいた夏侯惇はしばらく曹操の寝顔を見つめながら、

数杯、酒をあおった。



おわり






以前、メルマガに載せたものですが、変更されてます(少し)
曹仁と曹操が酒を飲んでるシーンなんて滅多にない。
いとこなのに・・。
と、いうので出してみました。
もっとも。最後は遁走でしたが・・・。