距離




「甄・・・」

曹丕は隣で眠る妻。甄姫の寝顔を見つめていた。

そう――妻である。

しかし、無理やり連れて帰ってきた女。

ただ、曹丕が一目惚れしたから。

数ヶ月経った今でも、妻である甄姫の心が分からないでいた。

せめて・・・一言だけ欲しい。

それが例え、嬉しくない言葉であっても。

甄姫はここへ来た時から、自分の心を言葉に出さなくなった。

嫌い≠ナも後悔してる≠ナもまだ忘れられない≠ナも何でもよかった。

「甄・・・お前の心はどこにあるのだ・・・?」

曹丕はそっと、甄姫に唇を落とした。




「そなた・・・名は?」

ギョウが落ち、その城の奥で曹丕は下女と気品ある女性を見つけた。

気の強そうな雰囲気があるが、気品あふれ、そして何よりも美しかった。

「・・・袁紹様の次男袁熙様の妻、甄姫でございます」

城が落ちたというのに、落ち着いている女。

彼女が噂に高い甄姫であったのか。

曹丕は嬉しさのあまり、顔がほころんだ。

「甄よ。私は曹丕。字は子桓。私の元へ来い」

彼女の言葉も聞かないまま、曹丕はその腕に美しい姫を連れ帰った。

戦が終わり、父である曹操への謁見。

「で、曹丕よ。お前はギョウに一番のりをした。褒美はなにか?」

「では、私に甄を妻とすることをお許しください」

そのとき、曹丕は父の一瞬だったが、悔しがる顔をかいま見た。



――美しい妻を得られるのは男として悦びに値する――


「甄・・・私はそなたを・・・愛し始めているのだ・・・」

曹丕は静かに眠る美しい妻にそっとつぶやくように嘆いた。




「では、行って来る。今日も遅くなるはずだ」

曹丕は下女とともに見送る妻に軽く、抱きしめるとそう、言った。

甄姫は変わらない微笑を向けるだけだった。

――袁熙さま・・・私は・・・・――

曹丕の後ろ姿を見つめながら、甄姫は唇を噛んだ。

風がそっと甄姫の髪を揺らしていた。



「丕よ。甄姫の様子はどうだ?」

丞相府内で父である曹操に出会った。

曹操は顔を見るなり、そんなことを言った。

「どうとは・・・どういう意味ですか。父上」

「そんな怖い顔をするな。

確かにわしはお前に彼女を先越されて悔しがったが・・・。」

曹操はおどけながら、親子の会話をしていた。

しかし、曹丕は乗る気がしなかった。

そんな話など聞きたくはなかった。

どう頑張ったところで、妻である甄姫は心を開いてはくれないのだから。

「お前に聞くが・・・甄姫のことどう思っている?」

曹操の双眸が真剣だった。

曹丕もまた、まっすぐに曹操を見つめていた。

「聞くだけ、無駄のようだのう。そういえば、甄姫は花が好きだと聞いたが」

曹操はそこまでいうと、再び歩み始めた。

すれ違いざま。曹操はたまには花でもプレゼントしてやればよかろう?

と、耳打ちした。

そんな父の言葉を耳に入れつつも、曹丕は笑みをこぼした。




「甄」

夜も更けてきたころ、曹丕が帰ってきた。

「お帰りなさ・・・」

曹丕は三種類の花束を甄姫に手渡した。

甄姫は突然のことに驚いたが、嬉しかった。

「ありがとうございます。曹丕さま・・・」

「花が好きだと聞いてな。早速、プレゼントしようと思った。

最近のお前は元気がなかったから・・・」

少し照れながら、話す曹丕の姿に甄姫は思わず、笑みをこぼした。

ふと、花束を見ると。


――ほら、この花はお前が一番好きだといった花だろう。

   私もこの花が一番似合うと思う――


袁熙様がそう言ってくださった花が混じっていた。


――袁熙さま・・・・私は・・・・――


ポタッ 

甄姫の瞳から涙がこぼれた。

「甄!?」

曹丕は何が起こったのか分からず、オロオロしていた。

「・・・私は・・・彼の・・・袁熙様の側にいられて・・・幸せでした・・・」

ギュッと花束を握り締め、甄姫は溢れ出る涙を止められずにいた。

「・・・甄・・・」

曹丕はその震えている甄姫の肩をそっと抱きしめた。

「甄・・・私はそなたを愛している・・・」

その言葉に甄姫は顔を上げた。

「曹丕・・・様・・・?」

曹丕は抱きしめる手に力を込めた。

「甄・・・私はあの男とは違う。幸せに・・・する・・・」


――あの男が成し得なかった幸せの分まで――


「曹丕さま・・・私は・・・」

甄姫は曹丕の腕の中でその優しい温もりを感じていた。





次の日。

また、昨日と同じ場所で父である曹操に出くわした。

「その顔だと上手くいったようだのぉ・・・」

曹操は笑みをこぼしていた。

曹丕も何も言わずにただ、同じように笑みをこぼして、二人はすれ違った。




――甄よ・・・確かに始めは父上よりも先にそなたを奪おうと思っていた・・・でも・・・今は・・・――







        おわり





何かわけがわかりません(汗)
ただ、二人が書きたかっただけです・・・。