糸
なぁ、赤い糸って・・・信じへんの? 運命の赤い糸やで、、、
「なぁ・・・」
跡部のマンション。
ほとんど一人暮らしをしている跡部のこの部屋で忍足と跡部はベッドに横になっていた。
頭上から浴びる朝日がまぶしい。
今日は日曜日。
昨日は昨日でそのまま、ここに泊まりに来ていた。
跡部の隣で忍足がふと、思いついたように口を開いた。
跡部は何も言わずに、忍足の顔を見る。
「赤い糸って信じるん?」
「あぁ? 赤い糸?」
――運命の赤い糸――
今の時代、そんな古い?吐きそうな言葉を言う男も珍しい。
「お前、また変な映画とかに影響されてんなよ」
忍足はラブロマンス系の映画やドラマが大好きらしい。
よく、会話とかにそんな話が出てくる。
いい加減、ウザくなるが、好きなものはしょうがないと、軽くあしらっている。
「しゃーないやろ? 好きなんやから…」
跡部はチッと舌打ちしつつも、本心ではあまり嫌がってない様子。
時折見せる笑顔が物語っている。
「で、今度は赤い糸なわけか?」
跡部は忍足の髪に手を添えると、優しくなでる。
「運命っていい響きやと思わん?例え、離れても必ず出会えるんやで」
まったく、こいついい顔してやがるぜ…
そんな話をしている忍足は可愛い。
跡部はついつい、忍足の額にそっと唇を添えた。
「跡部?」
忍足の顔は紅潮していく。
「離れて欲しいのか?」
跡部はやや冗談っぽく、そうつぶやいた。
「自分は、そう思ってん?」
忍足はじっと真剣なまなざしを跡部に向ける。
「この状況で本気で思ってるわけねーだろ。忍足」
「ホンマやな」
二人は互いに顔を見合わせると声を上げて笑い出した。
朝日がさらにまぶしく感じた。
「なぁ、跡部。ほんまに…信じへんの?」
忍足がまた、口を開く。
「信じない」
よく、付き合っていた数々の女が言っていたから。
私たちって運命で繋がれているのかしら――
言葉にも態度にも示して欲しいと言った数々の女。
跡部はそういう、表現が苦手。
遊びなら言えるくせに、本気になるとどうしてもいえない。
どうしても逆の言葉を言ってしまう。
「あ、そうなんや。ほな、指貸してみ」
そう、言うと忍足は跡部の綺麗な手を取ると、小指に細い赤い糸を巻きつけた。
「お、忍足っ!お前、そんなもの何処でっ!!」
少し驚く跡部を尻目に忍足はそのまま自分の小指にも同じように巻きつけた。
「ほら、これでも信じへん?」
小指と小指が触れる。
その先に赤い糸が絡まっている。
忍足は満面な笑みを浮かべる。
滅多に表情に出ない顔だった。
「し…信じればいいんだろうっ!」
跡部は赤面しそうになった。恥ずかしさで…。
顔を背けながら、赤い糸が巻かれた、手を忍足から引っ張り、それをちぎった。
「いっ!」
その反動で忍足の小指に巻かれた糸が食い込み、忍足が一瞬、顔を歪めた。
「あ〜ぁ、糸で切ってしもうた…乱暴やな、自分」
忍足はそう言いつつ、小指の傷口をなめる。
「突然、んな事するのが、、、悪いんだろ。貸せっ」
跡部は忍足の小指をぶん取ると、そのまま口づけた。
「跡部っ!?何するんや」
「糸なんかよりも、この傷の方が糸っぽく見えるだろ?」
跡部は深くない傷口をなめている。傷口から血がにじむ。
「――っ」
傷口から伝わる、痛み。
そして、跡部になめられているという心地よさが交差している。
「忍足、傷が治ったら、またつくってやるよ」
――俺がつくるお前だけの赤い糸…――
「あれ、侑士、その小指まだ、治ってねーの?」
学校で岳人が忍足の小指の絆創膏を見るなり、そう言った。
「まだ…痛いんや」
忍足は指をさすりながら、そうつぶやいた。
「ふ〜ん」
それ以上、岳人は何も言わなかった。
――跡部に愛されている――
忍足は小指の消えることない傷を見つめながら、微かに笑みを浮かべていた。
おわり