蒼い空












屋上。

真田と柳は屋上でお昼を食べた後、軽く雑談をしていた。

後輩の赤也のことから始まり、部の仲間。そして…。

「弦一郎…」

柳がそっと、隣に座る人の名を呼んだ。呟きのように…。

真田は返事をする代わりに顔を柳の方に向けた。

「気持ちがいいな…」

 蒼い澄んだ空。白い雲が映える。

「あぁ」

真田も柳も二人共に空を見る。

「弦一郎…今から遠くに行かないか?」

「遠く…?」

突然の言葉に真田は一瞬、驚く。

それでも柳は空を見上げながら、言葉を続けた。

「何もかも投げ捨てて…お前と…そうだな…逃避行というやつかな…?」

柳は真田の方を振り向くと笑みを浮かべた。

真田にはその何でもない笑みすら、愛しく思う。同じように笑みを浮かべる。

「…お前らしくないな…」

「…そうか?」

真田はそっと、柳の肩に手をかけ、自分の方へと引き寄せた。

柳は空をじっと静かに眺めながら、声をもらした。

「たまに…こういう空を眺めてると、
不意にこの場所から消えてしまいたいと思うことがある…」

「不満があるのか…今の自分に…?」

真田の手に力が入る。柳の肩がさらに真田の方へと引かれた。

「不満など、ない。むしろ…幸せすぎて…怖いな…
だから、なお更…二人だけで遠くへ…誰もいない世界へ行きたいと思う」


柳は視線を空から真田の顔へと変えた。

真田はじっと柳の言葉に耳を傾け、そして。その顔を見つめていた。

「俺と…弦一郎…お前だけの…世界の中へ――」

冗談のようで真剣なその柳の表情。その瞳が静かに開かれた。

真田はフッと笑みをこぼし。

「…今なら…俺達二人だけの…世界だ…蓮ニ――」

 屋上には誰もいない。居たとしても…気にはならない。

すでに二人だけの世界がそこには出来上がっていたから…。

「弦一郎…俺の隣にはお前しか…いらない」

 真田はまっすぐに見つめる柳の視線を受け止めると、うなずいた。

「俺もお前と同じだ。俺の隣にはお前だけだ…」

ふと、風が二人をかすめ、通り過ぎていった。

「弦一郎…」

空は同じ蒼いまま。
だが、白い雲は先ほどとは違う形を作り出し、違う空を映し出していた。

「蓮ニ――」

 真田は再び柳の名を呼ぶ。

すでに心地よくなっている、その名で呼ばれた感触が、柳の心を躍らせていく。

「俺はお前が隣にいる場所なら…何処でもいい――」

そして、真田は静かに、唇を重ねた。

柳も開かれていた瞳をそっと、閉じた。


――弦一郎…俺も…だ…お前さえいれば――

二人はしばらくの間、至福のときを過ごした。



おわり