瞳を開いて…
柳は部室で真田を待っていた。
部活はすでに終わっていたが、真田は用があって席を外していた。
柳はバッグから一冊の本を取り出す。
文庫よりも少し大きめの本で薄い。
読みかけのページを開き、じっくりと文字を辿る。
一人だけしかいない部室に静寂が訪れた。
「そんな趣味があるとは聞いていないぞ」
その言葉で柳はフッと顔を上げた。
目の前にいつからいたのか、真田が笑みをこぼして立っていた。
柳が読んでいたのは詩集。
「知り合いが詩集を出したといってな。この間、頂いたんだ…」
柳が小さい頃、隣に住んでいた仲のよかったお姉さんで、
柳の初恋の人でもあった人。
今でも手紙での交流が続いている。
詩集はあまり柳は得意ではないが、
折角なので読んでみることにした。
読んでみると実に深く、引き込まれそうになるものが多くて、
気がつくと夢中になっていた。
真田は柳の後ろに回ると、上から覗き込むようにして本をみた。
「弦一郎も見てみるか?」
真田は差し出された本を手に取ると、パラパラとめくる。
もちろん、真田もあまり得意ではないが、
柳の初恋の人が書いたと聞いて中身が気になった。
表情の変化がない真田の顔を柳は静かに見つめていた。
ふと。
真田の手がとあるページで止まる。
一瞬、真田の表情が変化したが柳は気づかなかった。
「――君の肩に優しく触れ――」
真田の手が柳の肩に触れた。そして、軽く引き寄せた。
「静かに…愛しい耳元に…」
本の通りに真田は行動する。
柳はそんな真田が面白くて、彼に委ねていた。
「蓮ニ…」
真田は手にしていた本を机に置くと、柳の耳元で静かにささやいた。
「…好きだ――」
ドクン
柳の鼓動がなる。
改めて、伝わる想いの深さに柳の心が高ぶった。
全身の血が沸騰し、目眩に襲われた。
「弦一郎…」
恥ずかしさで柳は真田の顔を直視できなかったが、
真田は強く肩を抱きしめると柳に優しく、唇を重ねた。
開いていた窓から一陣の風が部室に舞う。
その風に乗って、本のページがめくれる。
パラパラと爽快な音を立てて。
『ふっきれたはずの想いが、急に心を蝕む瞬間。
長い間、溜めていた想いのすべて。
それをこの一文に託して…貴方に伝えたい。
小さな小さな可愛い天使に…愛を込めて。
想いを伝えるときは…瞳を開いて――』
そんなことが書かれているページで止まった。
「弦一郎…俺も…お前を――」
柳は真田の背中に手を回し、ゆっくりと瞳を開いた。
二人は再び唇を重ね、そして。抱きしめあった。
おわり